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タイム・マシン

――血は争えない、タイムマシンを作った情熱。

事件で恋人を失った科学者アレクサンダー(エッ?こういう名前だったんだ)は、死んだ恋人を取り戻したい、ただその執念だけでついにタイムマシンを作り上げる。あの運命の日に立ち帰り、彼女を救ったはずが、結局運命を変えることができずに死んでしまう。
そして過去を変える方法を探すために未来に出かけるという動機付けも、今までの典型的な科学者像と違っていて生々しいし、ロマンチックで新鮮さを感じる。監督自身の感性だろう。この作品の一番のオリジナリティー。

ネタばれです---
過去を変えることができない理由を探すために、80万年後の未来へたどり着いたアレクだが、そこには文明のかけらも残されていなかった。大自然の中で平和を愛するが無気力な人種と、彼らを捕食する怪物がいた。

怪物たちに立ち向かっていく中で彼は、過去は駄目でも未来は変えられるのだと悟り、自らタイムマシンを犠牲にして怪物たちを退治する。それは過去と断ち切り、新しい未来に生きるのだという意思の表れである。これはこれでご立派。これが彼が出した解答だろう。

でも「未来は変えられる」と言っても、変えようとしているのは現代から見たら未来だけど、西暦80万年の「現在」だ。現代人が過去に行ってもその時の「現在」を変えられないのならば、未来に行ってもその時の「現在」を変えることはできないはずでは? 
実際は、彼は過去に行って彼女を一度は助けている。結果はどうであれ、過去を変えているとも言える。
タイムトラベルは、いろいろ突っ込めて楽しいけれど、そこまで考えても仕方ないのかな?

この作品は1958年に映画化されており、これも要チェック。主人公のキャラが原作と映画2作とで比べると全然違っていて面白い。
今回はSFの古典中の古典を原作者の曾孫が監督するという触れ込み。CGを駆使して迫力ある画像が楽しめる。特に大地がどんどん浸食していく場面や月夜のシーンは、よかった。これは大画面で見た方が楽しめる。

原作で特に面白いのは、人類の末裔である2つの人種は、支配階級と被支配階級がそれぞれ進化した結果なのだという視点。支配階級は、何の不自由のない生活を手に入れた代償として、無気力な生物になってしまうのだ。これは痛烈な文明批判であり、原作者H・G・ウェルズはこれを言いたいがために、わざわざタイムマシンを小説上に発明したのだろうか。となれば、恋人を取り戻すためにタイムマシンを作り上げてしまう曾孫監督と、とてもよく似た感性だと言える。血は争えない。

[蛇足]
あの怪物は、人類のもう一つの可能性だったのか。エヴァンゲリオンみたいだな。

1958年も2002年も、タイムマシンの車体デザインは どちらもなかなか渋い。
原作の19世紀末という舞台設定に合わせ、クラシックで良い。
時間を表すメーターの歯車がぐるぐる回るのは楽しい。
西暦80万年で止まった時にアップで見たが、確か歯車は6桁あった・・・

西暦2000年に、コンピュータで2000年問題(Y2K)というのがあった。西暦を2桁で表していたために、99年の次に00年に戻ってしまう現象。だから4桁にした。
西暦10000年になったら、9999年の次に0000年に戻り、またパニックになるはず。
結局、時間は無限に続くので、桁は何桁あっても足りないのだ。

映画のように6桁だと西暦99万9999年で終わり、次は000000年に戻ってしまう。
それと紀元前には行けないね、マイナス表示ができそうもないから。
もっとも彼は彼女を救うために過去に行きたかったのだから、メーターを初めから4桁以上に作ったり、マイナス表示をしたりする必要性は無いはずだけど。

監督:サイモン・ウェルズ
原作:H・G・ウェルズ
主演:ガイ・ピアーズ    「L.A.コンフィデンシャル」 「メメント」
(2002・アメリカ)

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