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事件

――シンプルな題名に隠された「事件」のドロドロとした人間模様と裁判制度への鋭い視点。

 東京近郊の静かな町の山林で、女性の刺殺死体が発見される。スナック経営のハツ子(24)(松坂慶子)だった。幼なじみの工員上田宏(19)(永島敏行)が逮捕されるが、彼はハツ子の妹ヨシ子(19)(大竹しのぶ)と同棲しており、ヨシ子は妊娠していた。宏は殺人を認めているものの、記憶もあいまいだった。公判が進むに連れて、ハツ子のヒモ、宮内(渡瀬恒彦)が登場、被害者の過去がしだいに明るみに・・・。
検事官(芦田伸介)と弁護人(丹波哲郎)の火花飛び散る法廷合戦、そして中央にドンとすわる重厚な裁判長(佐分利信) 。これだけのキャスティングで面白くないはずはない!
でもそれだけではない・・・
 

 現在テレビで放映される法廷物は数知れない。敏腕弁護士のかっこよさ、隠された意外な真実、そして劇的な逆転勝訴!刑事物にはない魅力にあふれている。しかし本来はきちんとした取調べがあるべきで、裁判の段階になって意外な事実が出てしまうのは捜査がまずかったことになる。だからなのか、最近は裁判官自らがしびれを切らして?証拠収集に奔放し、事件を解決してしまう。遠山の金さんかょ!

 この「事件」(原作は1977年発表)は法廷物の草分けということで、お約束通りの法廷合戦、そして意外な真実へと展開する。しかし華やかな裁判劇を見せるというよりは、むしろ裁判が実際にどのように進められるか、また人が人を法という論理で裁く難しさを訴えたかったようだ。

 例えば、開廷前に裁判官が控え室でどんな会話をするのか? 裁判官が席の裏の壁から入廷する場面(まさに法廷の裏側!) 、検事がどのように調書を作っていくのか? 証人はどう扱われるのか? 等等、興味深く描いている。
 印象的なのは、被告人がナイフを買った店の親父(森繁久弥) の証言のシーン。「この人はナイフと一緒に洗濯バサミも買っているし、人を殺すような風には見えませんでした」と証言すると、検事官は「なぜ調書を取る時にそう証言しなかったのですか」と問い詰める。弁護人が「聞かれないことに対して答えられる訳がない」と助け舟を出すと、親父は「そうですよ!『聞かれないことに対して・・・答えられる訳がない』ですよ!」とあたふたと弁護人の言葉を借りて答える。べそをかく森繁先生についつい笑ってしまう。
 しかし自分も証人として呼ばれたらトンチンカンな返事をして問い詰められそうな気がするし、またその証言がいかに恣意的に扱われてしまうか、考えてみると空恐ろしいことだ!

 ハツ子の一生は短く悲しい。10代でいろいろ辛い目に遭って家を飛び出して東京に出て行くが、挫折して田舎に帰る。スナックを経営するも借金で追い詰められていく。そんな哀れさが証人たちの証言や回想シーンから、少しずつ明らかになっていく。宮内との腐れ縁を断ち切り、必死に宏との愛に生きようとする様はいじらしい。
 一方妹のヨシ子も、一見大人しそうに見えて実は姉に負けず、情念の女。「惚れているなら腕づくで取りな!」の姉の言葉通り、子供を身ごもって姉から宏を奪い取るのである。宏とハツ子の特別な関係を法廷で聞かれてもはっきりと否定し、何も知らない振りを最後まで貫き通した。
 一番浮いているのは宏で(と言うか永島敏行の演技が下手なのか?)、二人の姉妹の間を行き来する「揺れる男心」がまるっきり描かれていない。「この手が血にまみれて、一人の人間の命が永遠に失われたんですよ!」と懺悔(ざんげ) する彼の言葉に少しも深刻さを感じないのは、青少年犯罪者の典型を象徴しているのか、単なる演技力の問題か?わからない。丹波扮する弁護士に「刑が軽くなったことに対する反作用、照れ隠しで言っているに過ぎないよ!」と事も無げに言われてしまうのも無理もない。(見た当時は随分若者たちを冷たく突き放しているように思えた。今は妙に納得)
 宏の心情がもう少し描けていたらと思う。原作はどうだったか。例えば宏の初恋の人がハツ子だったとしたらどうだろう。ハツ子の変貌ぶりへの戸惑い、宏に見せる素直さなしぐさ、周りにうろつく宮内の影、ヨシ子との純愛、子供ができたと告白された日・・・
 宏に「殺意」があったのかどうか?仮に証言通りだとしてもその瞬間「殺意」が存在したのでは? しかし裁判所は良心の内側まで立ち入らず、検事側や弁護側から出された客観的な事実から判断していくと「殺意」の存在は立証できないとする。ここが神ならぬ人が人を裁く難しさであろう。

 ラストシーン。大きな橋の上で、大きいお腹のヨシ子が宮内と偶然すれ違う。法廷では敵同士だったが、後日談が和やかに語られる。
 「お前もおぼこい顔していい玉だよ」
 「あんたみたいなうそつきじゃないわ」
 「よく言うよ、どっちがうそつきだか・・・元気でな!いい子産めよ!」
 「うん」
ヨシ子の後姿。よたよたガニ股で歩く妊婦。ふと小さな日傘をさす。向こうに山が見える。ここにチャップリンのような可笑しさと、戦いに勝った妊婦の誇らしさを感じて思わずこみ上げて来る。

大竹しのぶと渡瀬恒彦がこの作品で多くの賞を獲得したようだが、それ以来大竹には悪女の役が、渡瀬には刑事の役が多いと思うのは、私だけ?

 映画化の少し前にNHKドラマ人間模様シリーズの1作品として放映された。大竹は同じだが、姉はいしだあゆみ、(宏は誰かわからない)でもっと三角関係が前面に出たドラマだった。弁護士の若山富三郎は彼らの痛み苦しみをじっと見つめるという役回りだったと思う。映画ほどには刺激的な場面は無かったが、好感の持てる作り方だった。

[蛇足]
 先日電車で鶴巻温泉(映画の舞台の一つ)の前を通り、そろそろこの作品のことを書かねばと思い立った。あれから30年近く過ぎているし、青少年犯罪や裁判制度の実態も変わって来ているだろう。作品の問題提起も古くなった気がする。裁判員制度の施行も近いし、現代風にリニューアルして再映画化したらどうか?青少年という前提も無くていい。キャストは?
・ヨシ子は「白夜行」の綾瀬はるか
 ・・・あの笑顔としたたかさの演技は申し分なし。
・宏は「白夜行」の山田孝之
 ・・・彼なら今風の若者の不条理な心理を演じきるだろう。
・ハツ子はこうなると「嫌われ松子の一生」の中谷美紀
 ・・・体当たりで薄幸の役を演じて欲しい。
 つまり宏は「白夜行」の雪穂を選ぶか、「電車男」のエルメスを選ぶか、ここで「事件」が起きる。うまい!この三角関係はぴったりはまりそうだ!
でも弁護士は誰か? 検事は? 裁判長は? 
うーん・・・思いつかない・・・

原作:大岡昇平
監督:野村芳太郎
脚本:新藤兼人
音楽:芥川也寸志
(1978.日本)

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