デスノート(前編)
――「人間って面白!」とさえ死神に言わせる「正義」VS「正義」の壮絶な戦い! でも「正義」って何か? なんで名前と顔なのか?
退屈(で死にそうな?)な死神が人間界に落としたデスノート。
偶然拾った成績優秀な高校生夜神月(やがみライト)。彼は犯罪者のいない理想的な社会を作るために、彼らを次々と殺していく。やがて世界は騒ぎ出し、謎の殺人者は影の救世主キラとして一部の人間から信仰される。一方世界の警察組織の影の存在、名探偵L(エル)が宣戦布告を。天才VS天才、影VS影の神がかりな頭脳戦が始まった。
新聞の映画欄を見るまで、こんなすごいコミックがあったなんて知らなんだ! 試しに1巻手にした途端、あっと言う間の11巻。最終12巻が待ち遠しい。映画化は無理かなと思ったが、あの平成ガメラシリーズの金子修二監督ならばと思い、久々に映画館へ。
冷静沈着な藤原竜也のライトもよかったが、不思議な松山ケンイチのL、颯爽とした鹿賀丈史の夜神本部長、品性あふれるおひょいさん藤村俊二のワタリ、そしてキモかわいい?リューク。みんな原作からすっーと抜け出したようで、ビミョーにいい感じ。うまいキャスティング。
映画のオリジナルで面白かったのが、法学生であるライトが人間が作った法では犯罪を止められないと悟り、「六法全書」を投げ捨ててデスノートを拾う、ベタでわかりやすいシーン。授業で使う「六法全書」はハンディ版だろうけれど、正式版は分厚くて投げ捨てられないだろうね。人間社会の秩序の集大成である「六法全書」は結構重いのだ。
後半活躍するのがFBI捜査官レイ(仮面ライダーに変身できず無念の細川茂樹)の恋人ナオミ(瀬戸朝香)である。元Lの部下でもあった彼女が、推論を重ねたあげく命懸けでキラに近づいていく。ここがこの『前編』のクライマックス。未見の方のために書かないが、2つだけ。絶体絶命のキラが、ペンを取り出そうとするが、あれはおかしい! というのは、もしキラが******ならば、******なはずがないから。また****まで殺すのはキラの「正義」の信念と矛盾している気もする。
でもまだまだ『前編』は小手調べ。キラとLとの本当の戦いは10月公開の『後編』から。お楽しみはこれからだ。
ところで「正義」とは何か?
世の中を良くしたいという信念? 公平で正しい秩序? それを破壊するものへの抑止力?
我々は実に多くの「正義」のヒーローを見て育った。スーパーマン、ウルトラマン、仮面ライダー等。しかしやがてはウルトラセブンやガンダムのように、「正義」とは何かを問うようになる。実際世の中は正義の名の下に多くの戦闘が繰り広げられてきた。そして互いに自分たちこそが「正義」だと信じて譲らない。
この『デスノート』においても、救世主として理想の世界を築こうとするキラの「正義」の言い分と、殺人犯キラを追うLの「正義」の言い分はすれ違うばかり。どちらが正義か、勝ったほうが正義(勝てば官軍)だ。キラは邪魔者は「悪」とみなして、犯罪者ではない捜査官を殺し出したし、Lも勝つためには手段を選ばない。死刑囚をテレビに出させたり、盗聴器を仕掛けたり、違法捜査もお構いなし。後に容疑者を50日も勾留するのは明らかに違法だろ。映画で夜神本部長は「これはゲームじゃない!捜査なんだ!」と言っていたが、キラもLも結局自分のプライドのためだけで戦っている気がする。まぁ面白いからいいけど(死神的傍観者態度)。
さて物語の中心であるデスノートの掟(ルール)。
・このノートに名前を書かれた人間は死ぬ「のデス」。
・書く人物の顔が頭に入っていないと効果が得られない「のデス」。(だから「デス」ノート)
もともと死神が使う道具なのでノートにはルールは書かれていない。リュークが人間に使わせるために、わざわざ書いたのだ。しかも最低限のルールだけしかない。
例えばノートに触れた人間には死神が見えるなど、大事なルールが抜けている。そのルールがわかると、キラはすぐに応用してバスジャック事件を仕掛ける。ノートの切れ端でも同じ様に使えることは、死神すらあとから気づいたようだ。キラはいろいろ実験をしたり、死神から聞きだして、新たなルールを見つけて行くが、それをどう使うのかが見ている側はさっぱり見当つかない。ノートの「所有権」という言葉がよく出てくる。これもあとの大事な展開で使われる。このへんのルールの出し方がうまい。『ヒカルの碁』はまだ読んでいないが、囲碁の権化藤原佐為の魂がヒカルに取り憑くところとか、定石の物語の中のでの使われ方などは、この『デスノート』に通じる面白さがあるのだろう。
顔と名前がわからないと相手を殺せない。ここまで突き止めたのでLはライトの前に現れる。顔は本人と判別できることが必要で、後ろ姿や目を隠した状態は不可、似顔絵は無効。名前も偽名や通称(たとえばL)だけでは殺せない。顔と名前という発想がすばらしい。「顔と名前が一致しない」とよく言うが、まさにこの二つが一致することが相手を認識することになる。このブログもそうだがネット社会では、顔と名前が伏せられたまま、意見や情報を交換している(時には非難中傷も)。顔を載せてもハンドル名だけとか、あるいは本名を載せても顔写真が無ければ安心なのは、自分を特定されたくないという意識からだろう。こういう土壌があるから『デスノート』が生まれたのか。デスノートのこの基本ルールは、ネット社会に浸り、生身の人間との接触を嫌い、自分の感情をさらけ出すのを嫌う最近の若者の傾向と関係する気がする。
ところでこんなすごい物語の原作者は「大場つぐみ」というそうだが、これはペンネームで正体不明とのこと。ネットでもいくつかの仮説が出ていたが、真相は不明。キラの秘密をばらしたことを恐れて匿名なのか? アイデアはどうやって考えついたか? まさか死神と取引したのでは・・・・
原作:大場つぐみ
漫画:小畑健 『ヒカルの碁』
監督:金子修二 平成ガメラシリーズ
出演:本文参照
(2006年、日本)
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