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天国と地獄(リメイク版・含比較)

――時代を経ても色褪せない黒澤オリジナル版の凄さを改めて感じる。忠実で丁寧に作り上げたリメイク版は善戦したが、犯人や警部たちの人物像にもっと現代的解釈があってもよかった気がする。

一介の黒澤ファンにとって、リメイクなんて見たくないのが本音。
せっかくの思い入れが壊されてしまう気がするし、両者を比べてやっぱりオリジナルの方がよかったと思うくらいなら、見ないほうがましだと。
しかしリメイクを見て壊されてしまう思い入れなんて、しょせんそんな程度のもの。比べて見るなというのは無理だが、なるほどそう来たか!という比較は結構楽しい。オリジナル版で見落としていた発見があったりもする。

佐藤浩市の権藤金吾は実によかった。設定やセリフはほぼオリジナル通り。三船の荒々しい権藤さんに比べると、佐藤のそれは少しナイーブかもしれない。しかし張り詰めた緊張感の中で、会社を選ぶか人命を選ぶか苦悩する姿を迫真の演技で見せてくれた。

一介の靴職人からのたたき上げ(死語?)で、役員の地位まで登り詰めた苦労人。理想の靴を作りたいという職人気質は、他の役員には疎ましい。頑固さも親父さん(社長)以上。海千山千の古だぬき役員に対して先手を仕掛ける知恵と度胸。その度胸とは裏腹に苦労人だからこそお金の尊さを体で知っている訳だし、奥さんのまたやり直せばいいという説得に反発もする。だからこそ降って湧いたこの事件に自分の全てを問われて苦しめられる。

テレビ朝日のHPでは44歳(10歳の子供がいるのだから30過ぎで結婚した勘定)の設定だが、10歳くらい上のほうがよかった。その方が一人で苦労して来た時間がその分長く、奥さんとの心理的な距離も納得する。47歳佐藤浩市なら十分できたはず(三船が当時43歳で演じていたとは大発見)。

部下川西が裏切ったのは、今まで強くて非情な?権藤が始めて見せた戸惑いに、自分の生涯を賭ける自信を無くしたからだろう。彼の非情さは権藤譲りかもしれない。そうだと佐藤では説得力に欠けるが、三船だと妙に納得する。
運転手青木がペコペコするのを、三船は毛嫌いするが、佐藤はああいうのに弱いと言う。権藤も下積み時代きっと嫌々ながらもペコペコしていたのだろう。三船はそんな自分を見ているようで嫌いなのだろうが、佐藤は同情的に見ている。こうした二人の微妙な違いが最後にどう反映されるのか、楽しみになってきた。

権藤が苦悩の末、身代金を出す事を決めて、銀行に電話をする場面。
古い道具箱を開け、鞄に仕掛けをしながら「最初から出直しだ」と言う場面。
列車の中で身代金を渡す際に戸倉に、子供を良く見てください、と言われ、「大丈夫だ!俺の命と引き換えるんだ!間違えるもんか!」と答える場面。
ああいうのに弱い。ナイーブな私はつい涙目になってしまった。
子供と抱き合う権藤を見て、戸倉が同情と尊敬の念をもって言う。
「あの人のためにも、みんなそれこそ犬になって犯人を追うんだ!」
第2部の始まり、主人公の交代である。

戸倉警視41歳、キャリアである。(オリジナル版では警部)
阿部は今年43歳のほぼ実年齢。仲代は何と31歳で演じている。
有名な赤い煙のシーン。わかっているけれど感動した(人間誰しも、赤いものを見るとなぜか感動する)。
捜査会議。各担当からの中間報告。戸倉の指示の下、一糸乱れぬ捜査によって犯人を特定し、追い込んでいく。伊武演じる田口刑事が48歳という設定は無理があるが、存在感のあるベテランの味を出していた。しかし存在感ありすぎて尾行であんなに接近していたら絶対ばれると、みんなブログに書いている。ばれたらストーリーがつながらなくなる。違う意味で非常に緊張した。ここが作品の中で唯一笑えるシーンだ。

阿部の戸倉は完全な仲代のコピーである。権藤を演じる時のような微妙なさじ加減は必要としない。もともと戸倉には苦悩とか、迷いとかには無縁で、自分の強い信念に基づいて一歩一歩実行するタイプ。これも少し不気味であるが・・・。事実、犯人が特定してもこれだけでは刑が軽すぎるので、もう少し泳がして証拠をつかもうとする。ヤクの売人を押さえるため、と言うのであれば納得できるが、刑が軽いと思うのは私情をはさみすぎてはいないか?しかしこれがまさしく戸倉という冷静沈着な熱血人間なのである。阿部の演技は完璧である。なのに戸倉という存在自体が何かリアリティがない。オリジナルを見ても同じ。

ヤクの売人の若い女性。オリジナル版にはない。単なる売人には見えなかった。遊び相手? 彼女こそが生まれた時から何不自由なく育ったお嬢様。高台の豪邸に住んでいる。犯人竹内が権藤を憎悪するのであれば、彼女に対しても同じはず。彼女を売人に陥れたのは案外竹内かもしれないが、説明はない。

竹内と権藤の刑務所での対面シーン。ガラスに映される相手の顔。
当時の新人山崎が挑んだ狂気に、妻夫木がどれだけ迫れたか? なかなかいい勝負だ。
死刑が確定したが自分は何も怖くないと権藤にわざわざ告げる竹内。
「なぜ君と私を憎み合う両極端として考えるのだね?」
それに対する竹内の返事は、オリジナルとほとんど一緒。
結局本当の動機はわからずに、あとは想像するしかない。三船の場合は、たとえ理解しようにも超えられない何かがあった。それがオリジナル版の壮絶なラストシーンにつながる。

佐藤演じる権藤には、もしかしたら竹内を理解できたのかもしれない。
自己分析の趣味が無い竹内に替わって言えば、死刑になってうれしいでしょう?と訊くのは、権藤がどれだけ苦しみ、自分を恨んでいるかを知りたくて仕方ないからだ。自分をこんなに不幸にした世間への復讐として、一人の男を道連れに地獄の底へと落ちていく自分の姿を笑って見ている。死刑になってうれしいのは実は竹内自身だ。

ところが権藤の答えは違っていた。会社を追い出されて無一文にはなったが、小さな靴屋を開いて幸せにやっている。竹内の知らない価値観、もしかしたら、がむしゃらに生きてきた権藤さえも知らなかった幸福感。許せない・・・・・・。竹内はこれまでの企てが失敗に終わったことを悟った。そして一人死の淵に立ちながら、はじめて深い絶望と死への恐怖に打ちのめされて行ったのだ。なーんて解釈すると、リメイク版のハッピーエンドのシーンがいかに竹内にとって残酷な結末なのかがわかると思う。これが天国と地獄なのだから。

二人の権藤の違いを見て、二つのラストシーンの意味を考えてみた。
これがリメイク版を見た今回の収穫。

[蛇足]
・1963年オリジナル公開の頃は、高度成長の中、勝ち組負け組といった不公平感が蔓延していたのだろうか? 監督の1949年『野良犬』には主人公の警官が犯人をもう一人の自分として見つめる構図があるが、この作品のラストもそう解釈できる。
・リメイクではこうした社会的背景がずれているので、竹内がすぐさま社会の犠牲者というようにはならず、それだけに同情する何かが見えてこない。ますます不気味なのである。
・原作者エド・マクベインは、ヒッチコック『鳥』の脚本も担当している。あのすっきりしない終わり方(余韻?)はこの作品と共通している。
・オリジナル版の竹内を演じた山崎努は、のちになって『マルサの女』で権藤英樹という役をやり、宮本信子演じる査察官に何度も「権藤さーん」と呼ばれていた。
・冒頭やオルゴールで流れる曲は、中国の民謡「草原情歌」である。
 (豆知識だよ!じゃ、またな!)

脚色・監督:鶴橋康夫
脚本:菊島隆三・久坂栄二郎・小国英雄・黒澤明
原作:エド・マクベイン『キングの身代金』
出演:佐藤浩市、阿部寛、鈴木京香、妻夫木聡、伊武雅刀
製作:テレビ朝日・東北新社クリエイツ (2007)

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