映画・テレビ

女王の教室スペシャル

――説得力のある構成。教育の現実と向き合ったグレー真矢の熱血さがすばらしい。でも・・・・

正直なところ、スペシャルであまり真矢をいじって欲しくなかったが、もう本編を作っている段階から全ての構成を考えていたらしい。説得力のある構成で、真矢の全体像がこれではっきりした。封印された真矢の過去は予想を上回る壮絶な戦いだった。彼女の言葉の一つ一つは、あのような凄惨な過去からにじみ出ていたわけだ。

教え子に裏切られ、同僚たちからも信用されず、子供を死なせ、夫とも理解し合えなかった。そんな絶望の淵に立たされ、死と向き合った彼女が、初めて教師としての天命を知る。そこから逃げられない、自分が教師をまっとうしなければならない宿命を。

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女王の教室

――「世界一受けたい授業」に続きまして、真矢コングの入場です!

おい!世の中のちゃらちゃらした小学生や親たち!
今日はお前らに言いたいことがある! よーく聞け!

一つ、勉強なんてしなくったって、世の中は生きていけるんだよって言う小学生。
生きていける?はぁ?
幸せになれる人は競争社会に勝ち抜いてきた6%の人間だけなんだよ。
あとの残りは、その人のために苦労して働いて税金納めて生きていくんだよ~このヤロ~

一つ、子供達の自主性を育てたい、自由が大事なんですって言う親や教師。
自主性?自由?はぁ?
だいたい世の中にはルールっていうもんがあるんだよ。ルールを無視する奴に自主性とか自由とかを与えるから、よけいルールが守られないんじゃねぇか~このヤロ~ (退場)

――「女王の教室」に続きまして、「エンタの神様」の本家○○コングの入場です!

おい!世の中のギスギスした黒服の先公!
今日はお前に言いたいことがある! よーく聞け!

一つ、授業以外で私に話しかけていいのは成績上位の2名だけです、って言う先公!
成績上位の2名だけ?はぁ?
お前は上位2名どころか、代表委員の由介や和美にも随分話しかけているじゃねぇか~
だったら真ん中の20名くらいの生徒にも脅すだけではなくて、少しはかまってやれってんだよ~このヤロ~

一つ、成績がよくても私に逆らってる限りバツを与えますから、って言う先公!
私に逆らう?はぁ?
だいたい成績の悪い奴に代表委員をやらせるって言ったのはてめぇだろ!
自分で作ったルールに例外を作っておきながら、私に逆らうなって言うのはおかしいんだよ~このヤロ~

一つ、トラブルを起こすような人がいたらグループ全員の連帯責任にします、って言う先公!
トラブルを起こす?はぁ?
そんな服装や喧嘩の監視なんかさせてる暇あるなら、グループ内で勉強教えあって、よそのグループより平均点が上がるように競争させた方が、よっぽど成績上がるんだぜ。
世の中、会社の中で自分が一番になるよりも、その会社が業界で一番にならなきゃ生きていけねぇんだよ。だから勉強の時だけは個人プレーさせて、風紀チェックだけは団体プレーって言うのがおかしいんだよ~このヤロ~ (退場)

と言うことで、女王様の言うことに正しいこともあるのだが、間違いもたくさんあるんだ。
『ごくせん』の時だって少し変だなと感じたこともある。
でもヤンクミは自分の間違いを素直に認めるだろうけれど、
真矢の間違いを指摘するのはむずかしい。
私、電影道士でさえ、○○コングの力を借りないと、本人の前では言えないのだ。
そう言えば、ドラマ『アタックNO1』の猪野熊監督もずいぶんと、選手をいじめていたけれど、
あれも愛情だったのか? 女王様の愛情表現も理解するのがたいへん。

でも私はこのドラマを高く評価したい。多少表現がえげつないし、こんな先生ありえない~ウソくさい~なんて思うけれど、現実の教育問題はもっと厳しいのでしょ?
ここで取り上げている問題を、クラス会でみんなで話し合ったり、家庭で子供と向き合うのも有意義なのでは。
このまま見たままだけだったら毒かもしれないけれど、10倍に薄めれば薬になる。

最終回がどうなるか、楽しみ。私はある結末を期待している。
途中で打ち切りになると、問題が一生解決しないまま、ずっと尾を引くことになる。
それこそトラウマになる。どうぞ、最後まで見させて欲しい。

主演の天海祐希は偉い。こんな汚れ役、よくぞ引き受けた。
エンディングのあの笑顔がなかったら、みんなあなたのことを誤解してしまう。
何ですか? 私の出身の宝○は、もっと厳しかった? なるほど・・・

脚本:遊川和彦
主演:天海祐希、志田未来
(2005年。日本テレビ系)

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アイランド

――ネタばれ広告さえ無ければ、もっとのめり込めたはず。宣伝マン切腹だよ、これは!

◆ネタばれ広告に抗議したいので、未見の方は絶対読まないで!! ◆

予告編であそこまで話しているので、何か大どんでん返しがあるかと思った。ストーリーそのものはそう悪くないし、アクションも派手派手で結構!
主演のユアン・マクレガーも、スカーレット・ヨハンソンも、迫真の演技だし。
SFの最前線の一つは宇宙、一つはDNA、そしてもう一つはコンピュータの仮想空間だろう。
ユアン・マクレガーはその三つを制覇したことになる。

シェルターの外は汚染された世界。
抽選で選ばれたもの者だけが、唯一の楽園アイランドに行くことが許される。物語はここから始まる。
『アイランド』の主人公は、この世界が不思議でたまらない。
いつも疑問を持っていて、為政者に立てつく。ちょっと違うけれど、
往年のTVドラマ『プリズナーNo.6』の世界を思い出す。

コンピュータが生み出す仮想空間(バーチャル)も一つの恐怖。嘘の記憶を植えつけられ、幸せに暮らす。こいつのおかげで、我々が生きている世界は何なのか、創造主とは誰かという問いをあらためて問い直さなければいけなくなった。キアヌ・リーブスの『マ*****』が、その核心に迫った。
『アイランド』にも人間を人工育成しているグロテスクな場面がある。

クローンをオーダーできるという近未来。
あくまでも臓器提供等の医療利用に留まるという規制があり、文字通りのクローン人間の作成は禁じられているという。しかしビジネスとあれば、そんな規制も平気で破る。
SFのくせにまるで今と変わりは無いというのが恐い。現実がSFに近づき過ぎるのだ。
クローンは、アイデンティティーの問題と結びつく。そして本物はどっちだ?というなぞなぞ。シュワちゃんの『シ***・デ*』が正にそれがテーマ。手塚治虫『火**』にも同テーマあり。

そしてその嘘で固められた世界を飛び出した主人公が、再び潜入して破壊する。ジェームズ・キャメロンの『ダ**・エ****』か。

こうして見ると、『アイランド』は最近のSF名作の要点をうまくとらえて、しかもしつこくならないように、アクションを適度にからめて、ほどよく調理しているのがわかる。
まるでインターネットを駆使して、継ぎ足し継ぎ足しで書き上げた、そつのない卒論みたいな感じ。悪いところはないんだけど、オリジナルがない。
せめて主人公の正体をずっと伏せて置いて、最後の数分であっ!と言わせるのが良いのでは?
  (これも『シ***・セ**』や『ア***』のパクリだよ)
とにかく、監督は最初はそれに近い感じで作っているのに、宣伝マンが横でネタばらしたら切腹だよ、これは。


監督:マイケル・ベイ    『アルマゲドン』『パール・ハーバー』
出演:ユアン・マクレガー 『スター・ウォーズ エピソード1~3』、
    スカーレット・ヨハンソン
(2005年.アメリカ)

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シザーハンズ

――悲しみはやがて風化し、メルヘンになるのだが・・・

両手はハサミ、ぼさぼさの毛、白い顔、オドオドした目、よたよた歩く姿・・・
一度見たら忘れられないその姿、そしてメルヘンチックな音楽。
サーカスのピエロを連想するが、彼はれっきとしたアンドロイド。エドワードという名前もある。「悲しいピエロ」という言葉もあるが、エドワードも「悲しきアンドロイド」。

手の部分が未完成のまま彼は生まれた。(人間も未完成のまま生まれてくるんだが)
父なる発明家を失くし、古城で一人、孤独な生活。
化粧品のセールスをしているペグが同情して家に連れて帰るが、慣れない町の生活に失敗ばかり。その不器用さはコントとして見れば可笑しいはずなのに、なんだか悲しく見えてくる。

しかしペグの家族は皆エドワードに理解を示し、彼も家族のありがたさを身にしみて感じた。
やがて両手のハサミは不器用に見えるが、実は器用に使えることがわかり、植木職人から、犬の美容師、そしてカリスマ美容師へと変貌していく。

キムにはボーイフレンドがいたが、エドワードを蔑視し、悪事に加担させたりする。エドワードは悪いと知りつつも、キムのためだと思って手伝ってしまう。そしてやがて怒りとなり爆発する。彼が見せた初めての激しい感情表現。その裏側に、キムへの淡い思いの丈がちらりと見えた。

美しいクリスマス・イヴの夜の描写。
エドワードは幸せのはずだったのに、愛する人を間違って傷つけてしまう。
結局ペグたち家族以外からは理解されず、誤解が誤解を呼んで、彼は町を出て行く・・・

『野生のエルザ』という映画を思い出した。
動物保護官の夫婦はライオンの子供を育てるが、やがて野性に戻すことに・・・
でもエドワードには人間の感情を持ち合わせるだけに、もっと深い悲しみがある。エドワードのキムへの淡い思いって何だろう。キムが気づいた彼への思いって何だろう。失った時に感じる絶望感。エドワードが父を亡くした時にも、その悲しみが表情ににじみ出ていた。

時は過ぎ、キムは年を重ね、普通の結婚をし、普通の生活を送っていた。
どんなに悲しいことも、やがては風化し、美しい思い出、メルヘンとなっていくものだ。
なのにエドワードは年をとらない。もしかしたら死なないかもしれない。
もっと悲しいことにアンドロイドやロボットの思い出は、風化しないのだ。
そんなことを最近話題の浦沢直樹の漫画『プルートウ』から学んだ。
彼は、悲しみをそっくりそのまま、ずっと背負ったままで、一人で生きていくのか?
アンドロイドは初恋の夢を見るのだろうか?

監督: ティム・バートン  
    『バットマン』 『PLANET OF THE APES 猿の惑星』
出演: ジョニー・デップ、 ウィノナ・ライダー
音楽: ダニー・エルフマン
     『バットマン』 『スパイダーマン』 『メン・イン・ブラック』
(1990、アメリカ)

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隠し砦の三悪人

――血沸き肉踊る冒険活劇。でも、何か見逃していないか? 隠し砦に何かがある。

時は戦国。又七、太平のいがみ合いで始まる冒頭は、『スターウォーズ』であまりにも有名。
手柄を立てようといくさに出たが、散々な目に遭って逃げ出した二人。お互いに相手をなじり、隙あればうまい話を独り占めしようとする、強欲のかたまりのような二人。

その二人は偶然拾った薪の中の金塊がきっかけで、六郎太を手伝って金二百貫を運ぶ羽目になる。二人は六郎太が金塊を不正に手に入れたと思ったからだろうか、最後まで隙あれば横取りすることばかり考えていた。もっとも六郎太の正体を知ったところで、彼らに忠義心があるかどうかは疑問であるが。

出発直前、六郎太が妹を雪姫の身代わりとして役人に差し出したことを、雪姫はなじる。「妹を殺して涙一つ流さぬ、その忠義顔! 嫌じゃ!」と言い残し、怒って出て行く。側にいた姥は、そういう姫こそ涙も流さずに六郎太を責めるのは姫のわがままだと嘆く。しかし雪姫はそのあと、山中で人知れず大粒の涙を流して泣くのであった。

親兄弟、味方や主人にさえも騙し、殺しあう、この乱世の時代。
六郎太が妹を犠牲にしてまでも姫を救ったならば、これ程までの忠義心はないはずだ。しかし姫がそこで泣いてしまったら、六郎太の立つ瀬が無い。彼女は領主としてこの非情な選択を受け入れつつ、その無情さに言い得ぬ怒りと悲しみを感じた。だからこそ一人で大泣きしたのだ。16歳の姫にとっては大きな試練である。
はたして忠義心とは何か? そのためにはどんな犠牲も仕方ないのか? 吹っ切れない何かが残る。

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Shall we ダンス?

――遠慮しないの!遠慮していたら何も伝わってこないでしょ? 恋愛もダンスも最初の一歩が肝心。

仕事帰りの電車の外でビルの窓辺に立つ女性、
いつも遠くを見つめる瞳が、気になり今日も外を見上げる。

過去数十年の通学・通勤の時間に、こんな経験は皆無である。
ただ言われてみれば、ダンス教室はよく電車から見えるし、もしこういう場面が仮にあったとしたら、自分が幸せだろうが、不幸せだろうが、人生に疲れていようが、幸せに飽きていようが、とにかく彼女のことが気になるだろう。そしてついには途中下車して未知の門をたたいてしまうに違いない。
主人公杉山の心情に自分がピタリとシンクロしてしまう。
(もしこれがヨガ教室や英会話教室でも同じだが、空手道場でも門をたたくだろうか?)

果たして気になる彼女(舞)はオーラを放ち、近寄りがたい存在であった。
(草刈民代の表情は硬く、演技に馴染んでいない様子で周りから浮いて見えた。それが演出効果かどうか、結果的に観客は彼女との距離感を意識してしまう。)
杉山も何日目かに、ようやく舞から指導を受ける。これはチャンスとばかり、思い切って食事に誘うが、キツイ言葉で断られてしまう。普通ならここで辞めてしまいそうなものの、彼はダンスを続ける。

彼女にも苦い過去があり、そのわだかまりが清算できていないというのが、だんだんわかってくるが、ようやく笑顔を見せるのは、小さな女の子が一生懸命踊っているところを見た時だった。
大会が近づき、杉山は再び舞から指導を受けることになる。
「遠慮しないの!」 舞が今までに無いような大きな声で叫ぶ。
「リーダーはね、体全体を使って相手にどう出るのか伝えなくてはいけないの! 遠慮していたら何も伝わってこないでしょ?」
やる気を失せていた舞が目覚める瞬間であるが、同時に草刈が映画の中で息づいた瞬間でもある。

そして冷たく見えた舞(草刈)の表情が、どんどん豊かになって行く。
白板を前にして凛として大会への緻密な戦術を説くあたりや、誰もいない教室で何も考えずに一人で楽しそうに踊っている様子、どの場面も彼女の魅力を存分に引き出している。

脇役もみんな生き生きしているし、演技もダンスもすばらしい。
特に大会で竹中演じる青木が「カツラなんか気にしているからよ」と言われて、カチンと来てカツラを床にたたきつけ、まるで別人のように踊りに気合いが入るところ。たま子先生の「カツラが取れて・・・」の台詞は涙が出てくる程決まっていた。

大会が終わり、彼女は一から出直そうと留学を決意する。
お別れパーティーで、杉山を待つ彼女の憂鬱とした表情。パーティーに行こうかどうか迷いつつ、パチンコで時間をつぶす杉山。どちらも描写が細かく、うまいなぁと思う。
「舞さんのラストダンスのお相手は?」 そして大団円。

ストーリーの中で唯一嘘っぽい存在、りアリティがないのが大人しすぎる杉山の奥さん。
浮気を確信して興信所にたのむのもアリだし、ダンス教室に通っていると知ってもまだ疑心暗鬼なのもアリだろう。浮気の相手が「ダンス」だったと知って「でもやっぱり浮気だわ」というのも正しい。
でも家庭内のゴタゴタは、こんなきれいごとでは済まないはず。そんな健気な奥さんおらへん!
リメイク版がそこに気づいたのかどうかは知らないが、夫婦愛に重点を置いたそうだが、そうなるとこの映画が描きたかったことと別物に変わってしまう。(だからまだ見ていない)

嘘と言えば、私は杉山にシンクロした結果、彼の無意識の嘘にも気づいてしまった。
「あなたを見返してやろうと思って続けているうちに、本当にダンスが好きになってしまった」
本当にダンスが好きになってしまった~? はあ? 
だったらなんで大会が終わってからもダンスを続けないんだよ~と、ツッコミを入れたくなる。
彼女の憂鬱な表情に魅せられてダンスを始め、ダンスに熱中することが彼女を助けることになる。そんな図式を彼は全く気づかないはずはない。少なくても大会で奥さんに見られた瞬間、気づいたはず。
お別れパーティーに行こうとしなかったのも、舞への言い得ぬ思いがあるからだ。

女性からはこの映画って、どう見えるのか? 舞にシンクロして見ているのかな?
この映画は舞が本当の意味での主人公で、一人の中年男性との出会いをきっかけにした彼女の成長物語なのである。彼への手紙には、誰にも打ち明けることのなかった舞の内心が素直に書かれてあった。
自分を立ち直らせてくれた中年男性への感謝と信頼と淡い恋心?そして別れ・・・
その万感の思いが最後の舞の「Shall we ダンス?」の言葉に込められている。それは恋とは言えないかも知れないが、明らかに、許されない男と女の物語なんだから・・・

[蛇足]
主人公杉山は、周防監督の分身でもあるはずだ。
ふと電車の窓からダンス教室の看板を見て、引寄せられた思い。
バレリーナ草刈民代との出会いと距離感。肘鉄をくらったかどうかは知らないけど、その後の彼女との距離がどんどんと縮まり、映画にはないハッピーエンド!
下世話な話で申し訳ないが、監督の内面と映画の展開が見事にシンクロしている感じだ。
今度はぜひ、彼女との家庭を題材にしたラブコメディー映画を作って欲しいと、心待ちしている。

出演:役所広司、草刈民代、竹中直人、渡辺えり子、草村礼子
監督:周防正行 『ファンシーダンス』 『シコふんじゃった!』
(1996、日本)

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がらくた

――戦国時代、南の孤島で花開いた、身分を超えた男と女の夢物語。もしかしたら、あの大河ドラマの隠し味?

[物語]
戦国時代、堺のある豪商の家で美しい姉妹、蒔絵と緑の婿候補として、公家と武将の二人が招かれ、舟遊びが催される。しかし嵐に遭って船は難破し、一同は南の孤島に漂流する。
残り少ない食料と水をめぐって、豪商・公家たちと下働き・船乗りとの間でいがみ合いが起きるが、下働きの勘三郎(市川染五郎、現・松本幸四郎)の働きで、彼らは身分や男女の分け隔てなく、力を合わせて生きていくことになる。
そんな勘三郎に蒔絵と緑はしだいに心を寄せるようになり、おのずと波風が立ち始める。
やがて食料が底をつき始め、再び争いが起き始めたその矢先、折りよく近くを船が通り、彼らは助けられるのだが・・・

[解説]
ケーブル、CSで今月まで放送された《黄金の日日》の関連映画。いろいろな類似点がある。
市川染五郎が同じ戦国時代、堺の豪商の下働きという設定。
船が遭難して孤島に着く。そこは、楽園であり、身分を忘れた生活を送り、
市川染五郎演じる下働きは豪商のお嬢さんと恋に落ちる。
やがて、元の世界に戻っていくが、そこには身分の違いが歴然として存在している。
そして再び自由を求めて、市川染五郎は海を目指す。お嬢さんは・・・

《がらくた》で、一瞬だったので、はっきりしないけれど勘三郎が堺に入ろうとした時にさし出した手形に、納屋何がしと書いてあったようだった。つまり勘三郎を助けた船長(ふなおさ)は、納屋何がしだったということならば、《黄金の日日》と同じ後見人だ!

無人島と男女と身分のテーマは《流されて…》 (1974、イタリア)等、よくあるようなお話。
《黄金の日日》(1978)は、スケールもテーマも全然違うが、ここまで似ていると偶然とは思えない。
この大河ドラマについては、思い入れも大きいので近く改めて書こうと思う。

出演:
市川染五郎(現・松本幸四郎)
大空真弓、星由里子、有島一郎、中丸忠雄

(1964年、日本)

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キル・ビル Vol.1・2

――やっちまえな!やられたら、やり返す、殺し屋の仁義ある戦い。

ユマ・サーマン演じるブライドがかっこよくてハチャメチャ強い。
対する敵役のビル、部下のエル・ドライバーやオーレン・イシイもそれぞれ強くて渋い。これだけ役者揃えたんだから、どうぞ好きなだけ派手にやってください、って感じ。

「キル・ビル」は語呂がいい。キル・ボブとか、キル・ディックとか、キル・ジェームズとかじゃあ、語呂が悪いし、ポスターの英語タイトルの収まりが悪い。ビルに感謝!

Vol.1では、なぜブライドがあんなに強いのか、そもそもどうしてビルの子供がお腹にいるのに、他の男と結婚しようとしたのか、謎を残したまま、復讐に突っ走ってしまう。ブライドの過去とか生い立ちとか全然わからずに、オーレン・イシイの生い立ちがご丁寧にアニメ化されていた。変なの~

Vol.2は、解答編。でも解答変~、あるいは解答出~へんという感じ。 
Vol.1が単純明快な「動」なのに、Vol.2が義理人情の葛藤を描く「静」で、すっきりしない終わり方。

ブライドが強いのは、ビルのお師匠さんであるパイ・メイに弟子入りしたから。納得。
映画では無かったDVDのお宝映像では、ビルが中国人数人をいとも簡単にやっつけるシーンがあった。その後ろでブライドが、驚きの目でビルを見ていた。きっとその強さにブライドが憧れて、厳しい修行を始めたんだろうなと察しがつく。

ビルの子供ができたのに、殺し屋を父に持っては子供がかわいそうだとブライドが言っていた。
何か変な理由だ。でもよくよく両方の言い分を聞いてみると、ブライドが黙って出て行き、見知らぬ男と結婚式を挙げると知ったら、ビルだって黙って「はい、そうですか」とは行かないだろう。「落とし前をつけろ!」 となるのは、彼らの仁義だと思う。

ブライドからすれば、大事な子供や夫や友人を失ったのだから、復讐も当然なんだろうが、だったらビルだけ殺せば済むような気もする。なんで元同僚まで殺すの?
(もちろん理由があれば殺していいという訳ではない!) 
憎いから? 仮に憎しみが残っていたとしても、子供の顔を見た瞬間消えてしまったはず。
恨みとか憎しみよりは、むしろ殺しのプロとしての体面、落とし前をつけるために愛した人を殺るんだと思う。 

ビルも同じ考えだろう。だからこそビルも平然としていて、殺されるのも殺すのも意に介さない様子だったに違いない。あの『燃えよカンフー』の修行僧の成れの果て? といった悟りの境地なのだろうか。
ボスの貫禄。善悪を超えて、ビルは偉大な存在だった。
復讐が終わって、ブライドは満足だったのだろうか。
本当はビルを殺る瞬間だって彼を愛していたに違いないのに・・・

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12モンキーズ

――人類が滅亡すると信じる男が異常なのか、平気でいられる我々こそが異常なのか?

監督は当然ヒッチコックの崇拝者。映画館の場面ではヒッチコック・オールナイトで《めまい》《鳥》が上映されていたし、あちこちでこのシーンはあの映画のマネかな?と思った。
何よりも《白い恐怖》の女性精神科医と患者のコンビという点と同じで、この映画は患者を治療していく過程で 、話が思わぬ方向に展開していく恐怖を描いている。だったら《12モンキーズ》も同じような展開にし、未来から来たという話はミステリのように後からわかってくることにしたらどうかと思う。つまりこんな感じはどうだろうか?

――以下思いっきりネタばれ

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アザーズ

――MOTHER(母)、Mを取ったらOTHER(他人、もう一方の人)。
母ともう一方の人たちの物語。

タイトルが英語原文の場合、英語の辞書はたいへん役に立つ。
the other side  反対側、死後の世界

これは光アレルギーの子供を持つ美しくて少し神経質な母と、
もう一方(あちらの世界の)人たちとの物語。
血は出ない。大きなお屋敷、のどかな風景、えぐい絵はない。
でも怖さは、じわじわと来る。

ドアは開けっ放しにしない、カーテンは開けない、光アレルギーの子供のために、美しい母は神経質になる。それはそうだ。
でも度を越してその行動がエスカレートすると、見ていてちょっと怖く感じる。

子供があちらの世界の子供と接触したから、もっともっと神経質になる。
ニコール・キッドマンの美しい顔が、その度に恐怖でゆがむ。
見ている方には、あちらの存在も怖いが、彼女の表情も結構怖い。
お手伝いさんたちも十分不気味だけど。
人を信用できないことほど、怖いものは無い。

どんでん返しはもちろん、あっ!だが、
それよりも母親の情念、ひたむきさ、母という存在そのものが怖い。

[蛇足]
うちの家の天井裏で、夜中時々ねずみが運動会をする。
急にドカドカ駆けていく。結構ドキッとする。
私にとって、ねずみこそがアザーズなのだ。
もっとも彼らだって人間を怖がっていると思うが。

出演:ニコール・キッドマン 
(2002年アメリカ/スペイン/フランス)

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