2)洋画

はつ恋(田中麗奈)

――音痴でストーカー、ちょっぴり三枚目の田中麗奈の「おじさん改造講座」に、笑っている場合ではないと思わず背筋を伸ばしてしまった。 

定職も無く朝からパチンコ。税金すら払えずに、安アパートの部屋の隅でびくびくする毎日。ぼさぼさ頭に無精ひげ。こんな破綻寸前の中年男のところに、ある日見知らぬ娘が訪れてきた。裏窓からいつもの縄梯子で逃げるも、「藤木さ~ん!藤木真一路さ~ん!」と自分の名前を大声で呼びながら執拗に追いかけてくる・・・振り切ったと思いきや、パチンコ屋の中まで追いかけてきて、母に会ってくれませんかと言われる。

今度は娘を逆ストーカーしてつけて行き、大きな病院に入っていく。こうして彼女が自分のところに来た訳がわかってきた。しかしこのガキ本当に不躾な奴だ。理由も言わずにただ会えだと? 志津枝さんの病気が重そうなのはわかったけれど、第一彼女が本当に俺に会いたいと言ったのだろうか? 俺だってこんな惨めな毎日なのに今更会える柄じゃないワケだし・・・

翌日まだ朝早くあの娘がやって来た。
「志津枝さん、そんなに悪いのか?」「何で(知ってんの)?」「おあいこだろっ!」
「よし!見舞いついでだ、行くぞ!」「今はダメなの!夢が壊れる・・・」
「勝手にしろっ!」でゴロンと仰向けになる。

翌日また朝早くあの娘がやって来た。
「ジョギングしよっ!」 こうして田中麗奈演じる聡夏の「おじさん改造講座」が始まった。
「日頃の成果をさぁ、見せてやろうよ!」ってか?
ぶつぶつ文句を言う真田さんが可笑しい。足がもつれてルームランナーからぶざまに転げ落ちる姿に、こちらも椅子から笑い転げる。しかし私も笑っている場合ではない。あちらは演技だけど、こちらはマジヤバ。

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アイランド

――ネタばれ広告さえ無ければ、もっとのめり込めたはず。宣伝マン切腹だよ、これは!

◆ネタばれ広告に抗議したいので、未見の方は絶対読まないで!! ◆

予告編であそこまで話しているので、何か大どんでん返しがあるかと思った。ストーリーそのものはそう悪くないし、アクションも派手派手で結構!
主演のユアン・マクレガーも、スカーレット・ヨハンソンも、迫真の演技だし。
SFの最前線の一つは宇宙、一つはDNA、そしてもう一つはコンピュータの仮想空間だろう。
ユアン・マクレガーはその三つを制覇したことになる。

シェルターの外は汚染された世界。
抽選で選ばれたもの者だけが、唯一の楽園アイランドに行くことが許される。物語はここから始まる。
『アイランド』の主人公は、この世界が不思議でたまらない。
いつも疑問を持っていて、為政者に立てつく。ちょっと違うけれど、
往年のTVドラマ『プリズナーNo.6』の世界を思い出す。

コンピュータが生み出す仮想空間(バーチャル)も一つの恐怖。嘘の記憶を植えつけられ、幸せに暮らす。こいつのおかげで、我々が生きている世界は何なのか、創造主とは誰かという問いをあらためて問い直さなければいけなくなった。キアヌ・リーブスの『マ*****』が、その核心に迫った。
『アイランド』にも人間を人工育成しているグロテスクな場面がある。

クローンをオーダーできるという近未来。
あくまでも臓器提供等の医療利用に留まるという規制があり、文字通りのクローン人間の作成は禁じられているという。しかしビジネスとあれば、そんな規制も平気で破る。
SFのくせにまるで今と変わりは無いというのが恐い。現実がSFに近づき過ぎるのだ。
クローンは、アイデンティティーの問題と結びつく。そして本物はどっちだ?というなぞなぞ。シュワちゃんの『シ***・デ*』が正にそれがテーマ。手塚治虫『火**』にも同テーマあり。

そしてその嘘で固められた世界を飛び出した主人公が、再び潜入して破壊する。ジェームズ・キャメロンの『ダ**・エ****』か。

こうして見ると、『アイランド』は最近のSF名作の要点をうまくとらえて、しかもしつこくならないように、アクションを適度にからめて、ほどよく調理しているのがわかる。
まるでインターネットを駆使して、継ぎ足し継ぎ足しで書き上げた、そつのない卒論みたいな感じ。悪いところはないんだけど、オリジナルがない。
せめて主人公の正体をずっと伏せて置いて、最後の数分であっ!と言わせるのが良いのでは?
  (これも『シ***・セ**』や『ア***』のパクリだよ)
とにかく、監督は最初はそれに近い感じで作っているのに、宣伝マンが横でネタばらしたら切腹だよ、これは。


監督:マイケル・ベイ    『アルマゲドン』『パール・ハーバー』
出演:ユアン・マクレガー 『スター・ウォーズ エピソード1~3』、
    スカーレット・ヨハンソン
(2005年.アメリカ)

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シザーハンズ

――悲しみはやがて風化し、メルヘンになるのだが・・・

両手はハサミ、ぼさぼさの毛、白い顔、オドオドした目、よたよた歩く姿・・・
一度見たら忘れられないその姿、そしてメルヘンチックな音楽。
サーカスのピエロを連想するが、彼はれっきとしたアンドロイド。エドワードという名前もある。「悲しいピエロ」という言葉もあるが、エドワードも「悲しきアンドロイド」。

手の部分が未完成のまま彼は生まれた。(人間も未完成のまま生まれてくるんだが)
父なる発明家を失くし、古城で一人、孤独な生活。
化粧品のセールスをしているペグが同情して家に連れて帰るが、慣れない町の生活に失敗ばかり。その不器用さはコントとして見れば可笑しいはずなのに、なんだか悲しく見えてくる。

しかしペグの家族は皆エドワードに理解を示し、彼も家族のありがたさを身にしみて感じた。
やがて両手のハサミは不器用に見えるが、実は器用に使えることがわかり、植木職人から、犬の美容師、そしてカリスマ美容師へと変貌していく。

キムにはボーイフレンドがいたが、エドワードを蔑視し、悪事に加担させたりする。エドワードは悪いと知りつつも、キムのためだと思って手伝ってしまう。そしてやがて怒りとなり爆発する。彼が見せた初めての激しい感情表現。その裏側に、キムへの淡い思いの丈がちらりと見えた。

美しいクリスマス・イヴの夜の描写。
エドワードは幸せのはずだったのに、愛する人を間違って傷つけてしまう。
結局ペグたち家族以外からは理解されず、誤解が誤解を呼んで、彼は町を出て行く・・・

『野生のエルザ』という映画を思い出した。
動物保護官の夫婦はライオンの子供を育てるが、やがて野性に戻すことに・・・
でもエドワードには人間の感情を持ち合わせるだけに、もっと深い悲しみがある。エドワードのキムへの淡い思いって何だろう。キムが気づいた彼への思いって何だろう。失った時に感じる絶望感。エドワードが父を亡くした時にも、その悲しみが表情ににじみ出ていた。

時は過ぎ、キムは年を重ね、普通の結婚をし、普通の生活を送っていた。
どんなに悲しいことも、やがては風化し、美しい思い出、メルヘンとなっていくものだ。
なのにエドワードは年をとらない。もしかしたら死なないかもしれない。
もっと悲しいことにアンドロイドやロボットの思い出は、風化しないのだ。
そんなことを最近話題の浦沢直樹の漫画『プルートウ』から学んだ。
彼は、悲しみをそっくりそのまま、ずっと背負ったままで、一人で生きていくのか?
アンドロイドは初恋の夢を見るのだろうか?

監督: ティム・バートン  
    『バットマン』 『PLANET OF THE APES 猿の惑星』
出演: ジョニー・デップ、 ウィノナ・ライダー
音楽: ダニー・エルフマン
     『バットマン』 『スパイダーマン』 『メン・イン・ブラック』
(1990、アメリカ)

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サイコ(1960・1998)

――オリジナルは白黒で露出が少なく、リメイクはカラーで露出は少しだけ増やす。でもこれはカメラの話ではない。映画の話だ。

[ネタばれ注意!]
サスペンス映画の話。
正しい見方は、何の予備知識も持たず、映画館に一人で見に行くことです。
この『サイコ』は特にそう。もしまだ見ていなかったら、ここから先は読まないで、せめてレンタルで借りてきて、部屋を暗くして一人で鑑賞することをお勧めします。
家の人から変な目で見られること、間違いない!
では、お話させていただきます。

『サイコ』は、ヒッチコックのオリジナル以外にも続編が4まで作られ、今日の様々な異常犯罪映画の源流と言っても過言ではないだろう。しかしこの98年版リメイクは、冒頭で述べたようにカラーで、露出が少しだけ多い以外は、ほとんどオリジナル通り。まるで絵画の模写を見ているようだ。文字通り、リメイク―作り直しをした訳だが、オリジナルのシーンや解釈を何も加えず、何も引かず、まるでウィスキーの山崎みたいな作品だった。『ダイヤルM』『裏窓』等のヒッチコック・リメイクが、現代的なアレンジをして多少なりとも自己主張しているのとは好対象。

聞くところによれば監督は、現代の若い世代に名作『サイコ』をカラーで再現して見せたかったらしいが、その思惑通りにいったのだろうか? 初めて見た人には、それなりにインパクトがあっただろう。でも、オチそのものは、拍子抜けしたというか、あまり新鮮味を感じなかったのでは?

『サイコ』は殺戮シーンの露出が少ない。振り上げるナイフは映されるが、相手を撮らない。かん高い効果音と共にサクサクと刺さる音だけが耳につく。まるで観客である自分に向かって来る錯覚を覚える。血だらけの体も撮らない。流れていく血だけが見える。それすらもオリジナルは白黒で、生々しくない。ヒッチコックはこの生々しさを嫌って、あえて白黒映画にしたらしい。こうした演出がかえって想像力を膨らまし、逆に恐怖心をあおった。冒頭で述べた「部屋を暗くして一人で鑑賞する」効果をオリジナルは十分計算している。

最初、持ち逃げのOLが主人公かと思ったのに見事に裏切られる。探偵の登場で彼に期待を寄せるがこれも裏切られる。ノーマンでもなく、真の主人公は意外なところに隠れていた。映画を見るときは、無意識に主人公に感情移入して見ているはずだが、この映画はそれを許してくれない。第3者として見ようにも、その自分にナイフが向かって来る。これでは落ち着いて見ていられない。これも計算か?

リメイクも基本的にはオリジナルの良さを踏襲している。カラーになり、シャワー・シーンでの露出度も多少多かったが、ほんのサービス程度。基本線は守っている。それでも私は、どうしてもオリジナルに軍配を上げてしまう。同じストーリー、同じ音楽、同じテーマで作っても、どうしてこうも感じ方が違うのか?
ノーマン・ベイツはアンソニー・パーキンスが演じないと許せないという方もいるだろう。でもリメイクの役者もそんなに悪くは無い。まずまずの出来だと思う。

オリジナルの1960年公開当時は、生々しい表現はタブーだったのだろう。それが想像力を刺激し、効果を上げた。でも最近では毎日どこかのチャンネルでサスペンスドラマがあり、体にナイフが刺さるシーンが露骨に表現され、血まみれの死体が大写しになる。殺人の直接表現の方が『サイコ』の間接表現より安心して見ていられる。これって何かが変じゃないのか?

オリジナルは白黒映画だったために、映画の中に浸れる。部屋を暗くして一人で怖がって見ても所詮は映画の世界。明かりをつければ平和な日常に戻れる感じがする。リメイクはカラーであるためにテレビ感覚で見ており、その延長のニュース番組や日常のもっと異常な事件とついつい比べてしまうのだ。

60年当時は、きっと今ほど異常心理に関する事件は少なかったと思われる。ラストの心理学者のくどい解説は、今ならみんな常識的にわかる。あれから40年、異常心理はスクリーンを飛び出して、茶の間のニュース番組を賑わしている。言うなれば現代は、日常がすでにサイコ状態なのだ。今さら映画で見せても何の刺激にもならない。だからリメイクはつまらないのだ。

定点観測という言葉がある。町の様子を写真で取る。数十年後、また同じ場所、同じ角度で写真で取る。そうすることで町の変化がわかる訳だ。この2つの『サイコ』はまさに定点観測の映画。変わったのは『サイコ』(カメラ)ではなく、映っている我々(町の様子)の方なんだ。リメイクはつまらなかったが、定点観測という意味では成功した企画だったのかもしれない。
でもこれはカメラの話ではない。映画の話だ。

(1960アメリカ)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
出演:アンソニー・パーキンス, ジャネット・リー 

(1998アメリカ)
監督:ガス・ヴァン・サント 《誘う女》
出演:ヴィンス・ヴォーン,アン・ヘッシュ

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キル・ビル Vol.1・2

――やっちまえな!やられたら、やり返す、殺し屋の仁義ある戦い。

ユマ・サーマン演じるブライドがかっこよくてハチャメチャ強い。
対する敵役のビル、部下のエル・ドライバーやオーレン・イシイもそれぞれ強くて渋い。これだけ役者揃えたんだから、どうぞ好きなだけ派手にやってください、って感じ。

「キル・ビル」は語呂がいい。キル・ボブとか、キル・ディックとか、キル・ジェームズとかじゃあ、語呂が悪いし、ポスターの英語タイトルの収まりが悪い。ビルに感謝!

Vol.1では、なぜブライドがあんなに強いのか、そもそもどうしてビルの子供がお腹にいるのに、他の男と結婚しようとしたのか、謎を残したまま、復讐に突っ走ってしまう。ブライドの過去とか生い立ちとか全然わからずに、オーレン・イシイの生い立ちがご丁寧にアニメ化されていた。変なの~

Vol.2は、解答編。でも解答変~、あるいは解答出~へんという感じ。 
Vol.1が単純明快な「動」なのに、Vol.2が義理人情の葛藤を描く「静」で、すっきりしない終わり方。

ブライドが強いのは、ビルのお師匠さんであるパイ・メイに弟子入りしたから。納得。
映画では無かったDVDのお宝映像では、ビルが中国人数人をいとも簡単にやっつけるシーンがあった。その後ろでブライドが、驚きの目でビルを見ていた。きっとその強さにブライドが憧れて、厳しい修行を始めたんだろうなと察しがつく。

ビルの子供ができたのに、殺し屋を父に持っては子供がかわいそうだとブライドが言っていた。
何か変な理由だ。でもよくよく両方の言い分を聞いてみると、ブライドが黙って出て行き、見知らぬ男と結婚式を挙げると知ったら、ビルだって黙って「はい、そうですか」とは行かないだろう。「落とし前をつけろ!」 となるのは、彼らの仁義だと思う。

ブライドからすれば、大事な子供や夫や友人を失ったのだから、復讐も当然なんだろうが、だったらビルだけ殺せば済むような気もする。なんで元同僚まで殺すの?
(もちろん理由があれば殺していいという訳ではない!) 
憎いから? 仮に憎しみが残っていたとしても、子供の顔を見た瞬間消えてしまったはず。
恨みとか憎しみよりは、むしろ殺しのプロとしての体面、落とし前をつけるために愛した人を殺るんだと思う。 

ビルも同じ考えだろう。だからこそビルも平然としていて、殺されるのも殺すのも意に介さない様子だったに違いない。あの『燃えよカンフー』の修行僧の成れの果て? といった悟りの境地なのだろうか。
ボスの貫禄。善悪を超えて、ビルは偉大な存在だった。
復讐が終わって、ブライドは満足だったのだろうか。
本当はビルを殺る瞬間だって彼を愛していたに違いないのに・・・

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12モンキーズ

――人類が滅亡すると信じる男が異常なのか、平気でいられる我々こそが異常なのか?

監督は当然ヒッチコックの崇拝者。映画館の場面ではヒッチコック・オールナイトで《めまい》《鳥》が上映されていたし、あちこちでこのシーンはあの映画のマネかな?と思った。
何よりも《白い恐怖》の女性精神科医と患者のコンビという点と同じで、この映画は患者を治療していく過程で 、話が思わぬ方向に展開していく恐怖を描いている。だったら《12モンキーズ》も同じような展開にし、未来から来たという話はミステリのように後からわかってくることにしたらどうかと思う。つまりこんな感じはどうだろうか?

――以下思いっきりネタばれ

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アザーズ

――MOTHER(母)、Mを取ったらOTHER(他人、もう一方の人)。
母ともう一方の人たちの物語。

タイトルが英語原文の場合、英語の辞書はたいへん役に立つ。
the other side  反対側、死後の世界

これは光アレルギーの子供を持つ美しくて少し神経質な母と、
もう一方(あちらの世界の)人たちとの物語。
血は出ない。大きなお屋敷、のどかな風景、えぐい絵はない。
でも怖さは、じわじわと来る。

ドアは開けっ放しにしない、カーテンは開けない、光アレルギーの子供のために、美しい母は神経質になる。それはそうだ。
でも度を越してその行動がエスカレートすると、見ていてちょっと怖く感じる。

子供があちらの世界の子供と接触したから、もっともっと神経質になる。
ニコール・キッドマンの美しい顔が、その度に恐怖でゆがむ。
見ている方には、あちらの存在も怖いが、彼女の表情も結構怖い。
お手伝いさんたちも十分不気味だけど。
人を信用できないことほど、怖いものは無い。

どんでん返しはもちろん、あっ!だが、
それよりも母親の情念、ひたむきさ、母という存在そのものが怖い。

[蛇足]
うちの家の天井裏で、夜中時々ねずみが運動会をする。
急にドカドカ駆けていく。結構ドキッとする。
私にとって、ねずみこそがアザーズなのだ。
もっとも彼らだって人間を怖がっていると思うが。

出演:ニコール・キッドマン 
(2002年アメリカ/スペイン/フランス)

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ザ・フライ

―― 吐き気のする気持ち悪さの中に隠された、一途な愛の悲劇。

天才科学者セス・ブランドルは、女性雑誌記者ベロニカの密着取材の下、物質転送装置の実験の最終段階を迎える。ベロニカの言葉をヒントをついに世紀の大発明は完成した。はずだった・・・
セスを愛し始めたベロニカは元彼の編集長のところへけじめをつけに出かけるが、セスは誤解して自棄(やけ)を起こし、自ら実験台として転送装置に乗り込んでしまう。が、そこには一匹のハエが混在していた。やがてセスの身体は日増しに変貌していき、恐ろしい姿に・・・
 
50年代の『蝿男の恐怖』のリメイク、こちらも違う意味で凄い。これは別の機会に書きたい。

『ザ・フライ』はSFXの技術もすごいが、おどろおどろしいデザインの転送装置(愛称テレポット)や、遺伝子操作やコンピュータ・プログラムなどの最新科学を道具立てに使い、荘厳な音楽で見る人を圧倒させる。気持ち悪いのに、何度も見てしまうのは何でだろう。
 
まず、よけいなつっこみを2つ。
(1)人間の身体の中って、いろんな生物がいるはず、大腸菌やビフィズス菌やいろんな寄生虫など。遺伝子は決して人間とハエだけではない。こいつらとも融合していたとしたら・・・

(2)フロッピーからハードディスクにファイルを「コピー」したことありますか? ではファイルを「移動」したことありますか? 「移動」というのは、ファイルをコピーした後、元のファイルを消すのです。
つまり物質転送の原理は、分子レベルの解析をして転送先に情報を送った後、元の物質を壊しているのです。
(もし元を壊さなかったら、この映画は「ザ・クローン」になってしまう) 
ですので、この実験も、万一の事故を考えて元の物質の情報を消さないでバックアップしておけば、元に戻れたはずなのに。大事なデータを消してしまった時のあの喪失感、絶望感を思い出します。

SFホラーであるが、上に挙げたきらびやかな道具立てを取り除くと、愛を信じることのできなかった男の悲しい物語が浮かび上がってくる。

人付き合いの苦手なセスと、そこに母性愛を感じたベロニカは相思相愛の仲になる。しかし小さな誤解がセスに異常な嫉妬心、憎悪感を起こさせる。一度壊れた関係は決して元には戻らず、セスは愛の代償を求めて女を探し続ける。やがて病に伏したセスはベロニカを呼び戻す。しかしすでにセスの身体は蝕まれており、絶望のあまり心中を企てるが失敗、セスは一人死んでいく。

愛するからこそ嫉妬もするし、憎悪も起きる。 失った愛をどうしても取り戻せない苦悩。 愛は相手を平気で傷つける。 相手を犠牲にしてもいいのか? 愛って、そんな美しいものではない。 どろどろとした愛。 これが隠しテーマ?

愛と言えば、ベロニカのセスへの思いも悲しいほど純粋で、最後まで彼を見捨てなかった。
こちら側だけを見ても悲しいラブ・ストーリーに仕上がっている。

[蛇足]
実生活でこの二人は結婚したが、今は離婚していて、彼女には新しい旦那との間に子供がいるとのこと。人生いろいろ。

[追記]
友人曰く。この映画は、失恋して修復できない関係の中で、嫉妬と憎悪に狂い、ますます深みにはまって行く人間の醜さと、それを凝視しているもう一人の冷ややかな自分を描いている、らしい。

そう言えばカフカの『変身』も突然巨大な芋虫になった自分と世の中との関係にギクシャクしながらも、意外と冷静に見ている。小説だから何とか読めるのだが、これを映像化するのは可?不可?

監督:デヴィッド・クローネンバーグ 
         『スキャナーズ』 『デッドゾーン』
出演:ジェフ・ゴールドブラム    
         『ジュラシック・パーク』 『インデペンデンス・デイ』
    ジーナ・デイヴィス

(1986・アメリカ)

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ダーク・エンジェル

――「2時間では語り尽くせない」、恋愛が苦手同士の男と女の物語

近未来のアメリカ、機密機関マンティコアで遺伝子操作によって改造された子供たちが、特殊訓練を受け、最強の兵士として育てられていた。ある日、12人の少年少女が脱走し、姿を消した。そして10年・・・

サイバーテロの影響で社会秩序は荒廃し、不正が蔓延する世界。
その中で明るく強く生き抜くヒロイン、マックスを演じたジェシカ・アルバのキュートな魅力。
笑った時、呆れた時、怒った時、泣いた時の表情が一つ一つ良い。彼女は実際に両親からいろいろな人種の血を受け継いでいるが、きっと物語の設定どおりに猫の遺伝子も受け継いでいるに違いない。

そして元教官で追っ手である宿敵ライデッガーとの攻防戦はなかなかのもの。遺伝子操作によって備わった動物的な超能力に加え、軍隊仕込みの格闘技、 戦闘技術を駆使して、相手をいかに倒し、裏をかいて逃げ切るか。

そして仲間たち。仕事仲間のオリジナル・シンディたちとの憩いのひと時。
またマンティコアから一緒に脱走し、散り散りになった兄弟たちが次々と登場し、ストーリーを盛り上げる。
特に兄貴分のザックは兵士として完璧なほどのクールさで、マックスと しばしば意見が対立するが、本当は義理堅 く頼りがいのある、いい奴。姉貴分のティンガも魅力ある女性。

そしてマックスの良き理解者であり、正義のジャーナリストであるローガンとの掛け合い漫才。
二人は表面的には言い合いばかりしているが、しかし回を追うごとにお互いを信頼し、好きになっていく。
でもすがすがしいけど、ちょっとじれったいねぇ。こんなにすれ違いばかりしていては、キャメロン監督が自分で言う通り、確かに「2時間では語り尽くせない」。

マックスは最初男性に対して異常な敵愾心を燃やしていた。
脱走生活が長く、心をゆだねる相手がいなかったこともある。彼女の猫遺伝子によるコンプレックスも原因だろう。
あるいは父親的存在であったライデッガーへの憎悪がそうさせたのかもしれない。
荒廃した社会、権力への抵抗とも取れるし、それに対抗する正義についても嫌悪感を抱いていた。
この世の男性的な存在をいったん全て否定し、その上で新しい生き方を彼女は見つけたのだろう。
だからこそローガンとの対話にこんなに時間が必要だったのだ。

『タイタニック』の降って沸いた白馬の王子様的恋愛話にはどうしても感情移入できなかったが、この恋愛プロセスは納得できる。もっともこの物語もふくめ、男性はいつも献身的存在だというのは相変わらずだが・・・

『ダークエンジェル』を煎じ詰めると、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』と同じ構図になっている。
『仮面ライダー』や梶原一騎の『タイガーマスク』も同じ構図だ。
つまり、主人公たちは組織に疑問を感じてそこから逃れるのだが、結局は追っ手と戦い続けていく宿命に立たされる。戦士としての自分の能力を恨みながら、 戦うことでしか生きていけない矛盾。
組織とは、マンティコアであり、ブラックゴーストであり、ショッカー、虎の穴のことである。

仲間の数から言うと『サイボーグ009』に近いけれど、彼らはたいてい一緒に行動する。
心情的には白土三平 の『カムイ外伝』に一番近い。マックスは、21世紀の”抜け忍”ということになる。
カワサキニンジャに乗っているし。

[蛇足]
数年前に地上波で放映していた時は、第1話からいきなり第6話に飛んでいた。
マックスとローガンとの微妙な間柄は、かなり縮まってきているし、いろんな伏線もずたずたで、話がつながらなかった。暴挙としか思えなかった。


制作総指揮:ジェームズ・キャメロン、チャールズ・H・エグリー
主演:ジェシカ・アルバ、マイケル・ウェザリー、ジョン・サヴェージ
(2000~2001・アメリカ・TVシリーズ)

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タイタニック

――残された者の務めを果たした彼女の充実した人生。

「金持ち=嫌な奴、一般人=言い奴」みたいな図式には少々うんざりするが、当時の時代では仕方ないのかな。
パニック映画は人間の意地悪さや弱さが如実に出てしまうが、ここでは一等室の乗客と、そうでない乗客の扱いの差が露骨に出ていた。
それでも、パニックの最中でも任務に忠実だった船員、設計技師、そして演奏隊の人たちを見ていて文字通り、救われる思いだった。
「みんな僕らの演奏なんか聞いちゃいませんよ」「いつものディナーの時だって同じだよ」―洒落た台詞だ。
いよいよ沈没となり、一度演奏を止めて船に乗りに行こうとするが、また戻ってやり始めた時は涙が出た。本当に敬意を表したい。唯一、船長は、ただ呆然としているだけで何もしないのは許せない!
でもここまでは、かつて作られた多くのタイタニック物にほぼ共通の描写。

キャメロン監督のオリジナルは、一人の女性の生き方をメインに据えたところ。
上流階級の娘ローズは、親の決めた結婚、レールに敷かれた生き方に絶望し、自ら命を絶とうとした。あのまま海に飛び込んだとしたら、(残念なことに?)歴史的な大事故を知らずに海の藻屑と消えていただろう。

ジャックとの出会いは、彼女の人生観を変えたし、短い間だったが彼女のその後の人生を方向づけたと言って良い。沈んでいく彼を見送り、凍えた身体で必死に力を振り絞り、助けを呼ぶあの笛の音は、感動モノ。
その献身的な「愛」のおかげで、ローズは一度捨てた人生をやり直し、充実したものにできたのだ。
彼女の生き方は、飾ってある写真に描かれている。乗馬をしたり、飛行機に乗ったり、・・・

ジャックは正に白馬の王子様だった。でも何であそこまで献身的になれるのか? 正直なところ、あの娘のどこがいいのか、よくわからなかった。
彼だって、憧れのアメリカに渡って、画家で名を成す夢があったはずなのに・・・かわいそうだ!
誰もがジャックのように、男がみんな、あんなふうに献身的になれる訳ではない。デートでこの映画を見ていたら、その後のディナーの会話はきっと気まずくなってしまうに違いない。電影道士は、幸い一人でビデオ鑑賞だったので、そんな心配はしないで済んだ。
しかし、映画館で見るべきスケールの作品だったナ。残念。

同じキャメロン監督『ターミネーター』の、サラ・コナーを守る未来兵士も、ジャックみたいに献身的だった。彼は伝説の母サラ・コナーに憧れて任務に志願したのだ。こちらの方はまだ説得力がある。彼女も、彼との出会いで人生観が変わり、ドジな学生から強い女性に変わって行く、審判の日に向けて。

2つの映画はよく似ている。でもこのヒロインたちって守られっぱなしで、全然魅力がない。
もっと強いヒロインを! ということで次の作品が『ダーク・エンジェル』になったのも、うなずける。

[蛇足]
♪私ローズ、タイタニックの甲板から飛び込むところ、
  あのジャックに助けてもらったの。
♪私絶対、彼の分まで生きるんだって・・・・・言うじゃない!
♪でもあんたがそんなに長生きするなんて、
  ジャックも思っていませんでしたから。残念!
♪元はと言えばあんたたちが、いちゃついて、
  見張りがよそ見してたからでしょ、切り~!

監督:ジェームズ・キャメロン
出演:レオナルド・ディカプリオ、ケイト・ウィンスレット
(1997・アメリカ)

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