b)SF・怪獣

アイランド

――ネタばれ広告さえ無ければ、もっとのめり込めたはず。宣伝マン切腹だよ、これは!

◆ネタばれ広告に抗議したいので、未見の方は絶対読まないで!! ◆

予告編であそこまで話しているので、何か大どんでん返しがあるかと思った。ストーリーそのものはそう悪くないし、アクションも派手派手で結構!
主演のユアン・マクレガーも、スカーレット・ヨハンソンも、迫真の演技だし。
SFの最前線の一つは宇宙、一つはDNA、そしてもう一つはコンピュータの仮想空間だろう。
ユアン・マクレガーはその三つを制覇したことになる。

シェルターの外は汚染された世界。
抽選で選ばれたもの者だけが、唯一の楽園アイランドに行くことが許される。物語はここから始まる。
『アイランド』の主人公は、この世界が不思議でたまらない。
いつも疑問を持っていて、為政者に立てつく。ちょっと違うけれど、
往年のTVドラマ『プリズナーNo.6』の世界を思い出す。

コンピュータが生み出す仮想空間(バーチャル)も一つの恐怖。嘘の記憶を植えつけられ、幸せに暮らす。こいつのおかげで、我々が生きている世界は何なのか、創造主とは誰かという問いをあらためて問い直さなければいけなくなった。キアヌ・リーブスの『マ*****』が、その核心に迫った。
『アイランド』にも人間を人工育成しているグロテスクな場面がある。

クローンをオーダーできるという近未来。
あくまでも臓器提供等の医療利用に留まるという規制があり、文字通りのクローン人間の作成は禁じられているという。しかしビジネスとあれば、そんな規制も平気で破る。
SFのくせにまるで今と変わりは無いというのが恐い。現実がSFに近づき過ぎるのだ。
クローンは、アイデンティティーの問題と結びつく。そして本物はどっちだ?というなぞなぞ。シュワちゃんの『シ***・デ*』が正にそれがテーマ。手塚治虫『火**』にも同テーマあり。

そしてその嘘で固められた世界を飛び出した主人公が、再び潜入して破壊する。ジェームズ・キャメロンの『ダ**・エ****』か。

こうして見ると、『アイランド』は最近のSF名作の要点をうまくとらえて、しかもしつこくならないように、アクションを適度にからめて、ほどよく調理しているのがわかる。
まるでインターネットを駆使して、継ぎ足し継ぎ足しで書き上げた、そつのない卒論みたいな感じ。悪いところはないんだけど、オリジナルがない。
せめて主人公の正体をずっと伏せて置いて、最後の数分であっ!と言わせるのが良いのでは?
  (これも『シ***・セ**』や『ア***』のパクリだよ)
とにかく、監督は最初はそれに近い感じで作っているのに、宣伝マンが横でネタばらしたら切腹だよ、これは。


監督:マイケル・ベイ    『アルマゲドン』『パール・ハーバー』
出演:ユアン・マクレガー 『スター・ウォーズ エピソード1~3』、
    スカーレット・ヨハンソン
(2005年.アメリカ)

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12モンキーズ

――人類が滅亡すると信じる男が異常なのか、平気でいられる我々こそが異常なのか?

監督は当然ヒッチコックの崇拝者。映画館の場面ではヒッチコック・オールナイトで《めまい》《鳥》が上映されていたし、あちこちでこのシーンはあの映画のマネかな?と思った。
何よりも《白い恐怖》の女性精神科医と患者のコンビという点と同じで、この映画は患者を治療していく過程で 、話が思わぬ方向に展開していく恐怖を描いている。だったら《12モンキーズ》も同じような展開にし、未来から来たという話はミステリのように後からわかってくることにしたらどうかと思う。つまりこんな感じはどうだろうか?

――以下思いっきりネタばれ

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ザ・フライ

―― 吐き気のする気持ち悪さの中に隠された、一途な愛の悲劇。

天才科学者セス・ブランドルは、女性雑誌記者ベロニカの密着取材の下、物質転送装置の実験の最終段階を迎える。ベロニカの言葉をヒントをついに世紀の大発明は完成した。はずだった・・・
セスを愛し始めたベロニカは元彼の編集長のところへけじめをつけに出かけるが、セスは誤解して自棄(やけ)を起こし、自ら実験台として転送装置に乗り込んでしまう。が、そこには一匹のハエが混在していた。やがてセスの身体は日増しに変貌していき、恐ろしい姿に・・・
 
50年代の『蝿男の恐怖』のリメイク、こちらも違う意味で凄い。これは別の機会に書きたい。

『ザ・フライ』はSFXの技術もすごいが、おどろおどろしいデザインの転送装置(愛称テレポット)や、遺伝子操作やコンピュータ・プログラムなどの最新科学を道具立てに使い、荘厳な音楽で見る人を圧倒させる。気持ち悪いのに、何度も見てしまうのは何でだろう。
 
まず、よけいなつっこみを2つ。
(1)人間の身体の中って、いろんな生物がいるはず、大腸菌やビフィズス菌やいろんな寄生虫など。遺伝子は決して人間とハエだけではない。こいつらとも融合していたとしたら・・・

(2)フロッピーからハードディスクにファイルを「コピー」したことありますか? ではファイルを「移動」したことありますか? 「移動」というのは、ファイルをコピーした後、元のファイルを消すのです。
つまり物質転送の原理は、分子レベルの解析をして転送先に情報を送った後、元の物質を壊しているのです。
(もし元を壊さなかったら、この映画は「ザ・クローン」になってしまう) 
ですので、この実験も、万一の事故を考えて元の物質の情報を消さないでバックアップしておけば、元に戻れたはずなのに。大事なデータを消してしまった時のあの喪失感、絶望感を思い出します。

SFホラーであるが、上に挙げたきらびやかな道具立てを取り除くと、愛を信じることのできなかった男の悲しい物語が浮かび上がってくる。

人付き合いの苦手なセスと、そこに母性愛を感じたベロニカは相思相愛の仲になる。しかし小さな誤解がセスに異常な嫉妬心、憎悪感を起こさせる。一度壊れた関係は決して元には戻らず、セスは愛の代償を求めて女を探し続ける。やがて病に伏したセスはベロニカを呼び戻す。しかしすでにセスの身体は蝕まれており、絶望のあまり心中を企てるが失敗、セスは一人死んでいく。

愛するからこそ嫉妬もするし、憎悪も起きる。 失った愛をどうしても取り戻せない苦悩。 愛は相手を平気で傷つける。 相手を犠牲にしてもいいのか? 愛って、そんな美しいものではない。 どろどろとした愛。 これが隠しテーマ?

愛と言えば、ベロニカのセスへの思いも悲しいほど純粋で、最後まで彼を見捨てなかった。
こちら側だけを見ても悲しいラブ・ストーリーに仕上がっている。

[蛇足]
実生活でこの二人は結婚したが、今は離婚していて、彼女には新しい旦那との間に子供がいるとのこと。人生いろいろ。

[追記]
友人曰く。この映画は、失恋して修復できない関係の中で、嫉妬と憎悪に狂い、ますます深みにはまって行く人間の醜さと、それを凝視しているもう一人の冷ややかな自分を描いている、らしい。

そう言えばカフカの『変身』も突然巨大な芋虫になった自分と世の中との関係にギクシャクしながらも、意外と冷静に見ている。小説だから何とか読めるのだが、これを映像化するのは可?不可?

監督:デヴィッド・クローネンバーグ 
         『スキャナーズ』 『デッドゾーン』
出演:ジェフ・ゴールドブラム    
         『ジュラシック・パーク』 『インデペンデンス・デイ』
    ジーナ・デイヴィス

(1986・アメリカ)

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ダーク・エンジェル

――「2時間では語り尽くせない」、恋愛が苦手同士の男と女の物語

近未来のアメリカ、機密機関マンティコアで遺伝子操作によって改造された子供たちが、特殊訓練を受け、最強の兵士として育てられていた。ある日、12人の少年少女が脱走し、姿を消した。そして10年・・・

サイバーテロの影響で社会秩序は荒廃し、不正が蔓延する世界。
その中で明るく強く生き抜くヒロイン、マックスを演じたジェシカ・アルバのキュートな魅力。
笑った時、呆れた時、怒った時、泣いた時の表情が一つ一つ良い。彼女は実際に両親からいろいろな人種の血を受け継いでいるが、きっと物語の設定どおりに猫の遺伝子も受け継いでいるに違いない。

そして元教官で追っ手である宿敵ライデッガーとの攻防戦はなかなかのもの。遺伝子操作によって備わった動物的な超能力に加え、軍隊仕込みの格闘技、 戦闘技術を駆使して、相手をいかに倒し、裏をかいて逃げ切るか。

そして仲間たち。仕事仲間のオリジナル・シンディたちとの憩いのひと時。
またマンティコアから一緒に脱走し、散り散りになった兄弟たちが次々と登場し、ストーリーを盛り上げる。
特に兄貴分のザックは兵士として完璧なほどのクールさで、マックスと しばしば意見が対立するが、本当は義理堅 く頼りがいのある、いい奴。姉貴分のティンガも魅力ある女性。

そしてマックスの良き理解者であり、正義のジャーナリストであるローガンとの掛け合い漫才。
二人は表面的には言い合いばかりしているが、しかし回を追うごとにお互いを信頼し、好きになっていく。
でもすがすがしいけど、ちょっとじれったいねぇ。こんなにすれ違いばかりしていては、キャメロン監督が自分で言う通り、確かに「2時間では語り尽くせない」。

マックスは最初男性に対して異常な敵愾心を燃やしていた。
脱走生活が長く、心をゆだねる相手がいなかったこともある。彼女の猫遺伝子によるコンプレックスも原因だろう。
あるいは父親的存在であったライデッガーへの憎悪がそうさせたのかもしれない。
荒廃した社会、権力への抵抗とも取れるし、それに対抗する正義についても嫌悪感を抱いていた。
この世の男性的な存在をいったん全て否定し、その上で新しい生き方を彼女は見つけたのだろう。
だからこそローガンとの対話にこんなに時間が必要だったのだ。

『タイタニック』の降って沸いた白馬の王子様的恋愛話にはどうしても感情移入できなかったが、この恋愛プロセスは納得できる。もっともこの物語もふくめ、男性はいつも献身的存在だというのは相変わらずだが・・・

『ダークエンジェル』を煎じ詰めると、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』と同じ構図になっている。
『仮面ライダー』や梶原一騎の『タイガーマスク』も同じ構図だ。
つまり、主人公たちは組織に疑問を感じてそこから逃れるのだが、結局は追っ手と戦い続けていく宿命に立たされる。戦士としての自分の能力を恨みながら、 戦うことでしか生きていけない矛盾。
組織とは、マンティコアであり、ブラックゴーストであり、ショッカー、虎の穴のことである。

仲間の数から言うと『サイボーグ009』に近いけれど、彼らはたいてい一緒に行動する。
心情的には白土三平 の『カムイ外伝』に一番近い。マックスは、21世紀の”抜け忍”ということになる。
カワサキニンジャに乗っているし。

[蛇足]
数年前に地上波で放映していた時は、第1話からいきなり第6話に飛んでいた。
マックスとローガンとの微妙な間柄は、かなり縮まってきているし、いろんな伏線もずたずたで、話がつながらなかった。暴挙としか思えなかった。


制作総指揮:ジェームズ・キャメロン、チャールズ・H・エグリー
主演:ジェシカ・アルバ、マイケル・ウェザリー、ジョン・サヴェージ
(2000~2001・アメリカ・TVシリーズ)

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戦国自衛隊

――自衛隊の戦国時代への派遣は、歴史を変えるべからずという「時間航法憲章」に違反か否か?

史上最強の武田騎馬軍団と20世紀最新鋭の戦車、火縄銃と機関銃、手裏剣とピストル。そしてヘリコプターが騎馬軍団の上を我が物顔に舞う。(もしかしたら合戦シーンの撮影現場では、空撮のためのヘリは本来見慣れた風景かも)
槍も刀も戦国武将顔負けの伊庭三尉(千葉真一) のアクションがギラギラ光っている。

ネタばれです---

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PLANET OF THE APES 猿の惑星

――もしかしてこれは21世紀の新しい日本人論か? 

旧5部作(68年~)と比べると猿のメイクやCGには物凄い進歩を感じる。役者さんたちの「猿」の演技にも脱帽。相手を威嚇する表情、奇声、ドラミング、飛んだり跳ねたり、四つ足で走ったり、よりリアルを追求。前作を知らない世代には、映像の面白さと急テンポな展開に、割と楽しめたのかもしれない。
 
原作者ピエール・ブールは、クワイ河マーチで有名な「戦場にかける橋」の原作者でもある。彼は第2次世界大戦中に日本軍に捕虜として捉えられ、そこで得た体験から2つの名作を残した。それが戦争とは何か、文明とは何かを問う2つの作品につながった。「猿」は日本人(イエローモンキー)の比喩だった?(この段落は受け売り)

でもここから旧作が単に当時高度成長期にあって世界に進出してきた日本を揶揄していると取るのは解釈が狭くなる。
猿の神話とか言い伝えとかタブーとか、果ては進化論や神学論争、第4、5作では人(猿)種差別、人(猿)民革命まで出てきて、人類が歩んできた歴史をそっくり猿に当てはめた文明論を展開した。そして第1作ラストの有名なシーンは、米ソ冷戦下での人類滅亡への強烈な警告となった。これは原作を超えるスケールだ。

ネタばれです---
今回の作品は、人は奴隷ではあるが話ができるという点で、猿との距離を縮めている。それだけ摩擦が大きくなると思いきや、猿にも人権擁護派がいて、旧作のような鋭い対立が見られない。あれから30年過ぎ、人種差別や動物虐待、宗教等の表現に自主規制をかけたのか?
猿が神の姿をまねて創られた唯一の存在という話も、森林の中を歩きながらさらりと流してしまう。(おいおい!) 
脱走劇という展開で緊張した場面が続く反面、30年前のこうした毒々しさは見事なまでに洗い流されている。

とは言え後半では、猿の古代文明の謎解きが出てきたり、神?の出現による新たな歴史の創造が出てきたりして、我ら人類の創造主は宇宙人だという俗説をそのまま映像化している。タイム・パラドックスもうまく仕込まれていて面白くないこともない。まぁ、これもありだろう。

そして大詰め、衝突すべくして衝突した両者。封印されていた猿の神話が敗戦の末に崩れてしまった後、果たして猿のアイデンティティはどうなるのか?
真実を代々隠し続けた将軍家を冷たくあしらうのは当然としても、人間たちとそう簡単に和解できるものなのか?

それにしても罪なのはこの主人公。この星の歴史のきっかけを最初に作り、その罪を償うように猿と人に共存の未来を与え、ある意味で「神」になったはずのこの主人公は、事件が終わると「じゃー!」とさっさと自分の星に帰ってしまうのは、あまりにも自分勝手だ! 彼を慕って立ち上がった人々や、英雄として敬意を抱く猿たちや、淡い恋心を寄せる雌猿を置いたまま。
結局彼にとってこの星での時間は悪夢であり、早く帰りたいのは当然なのか。なにしろ彼には帰る星、地球があったからね。(旧作では宇宙船も帰る星も無いから無理)
でもラストで悪夢は続く。少し無理があるけれど。 ウケ狙いなのか? 次回作の布石だったのか? 
原作に近いラストにするために主人公を帰したのだろうか? 

でもここまでかき混ぜておいて帰るのかなぁ? 結果的には猿と人とを和解させたけれど、この主人公はずっと自分のことばかり考えて行動しているのが大いに気に入らない。ここにいる人間たちを最初から救おうと思わなかったし、この国の歴史や未来とかの関心が全然ない。これだけ関わっておきながら・・・『タイムマシン』(同じ年に封切り)の主人公とは雲泥の差だ。
まるで海外旅行に行って買い物を済ませてさっさと帰るのと同じ? 

もしかしてこれは21世紀の新しい日本人論?


原作:ピエール・ブール 『戦場にかける橋』
監督:ティム・バートン  『バットマン』『シザーハンズ』『マーズ・アタック!』
出演:マーク・ウォールバーグ、ティム・ロス
(2001・アメリカ)

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コンタクト

――天文学者は、最後に何を語りたかったか?

もしも地球外生物からメッセージが届いたらどうなるかを、より科学的にシミュレーションを試みた作品。壮大なテーマなのに、すっきりあっさりした仕上がりなのは、原作者カール・セーガンが天文学者だからか。科学者としての夢、ロマン、謎解きのスリリング、科学と宗教の兼ね合いなどを、科学者でない我々にもわかりやすく描いている。だいぶ以前にNHK特集「コスモス」の監修・進行をやり、宇宙のすばらしさを教えてくれたのを思い出す。映画完成の直前に亡くなられたのは本当に残念だったと思う。

幼い頃からの夢で天文学者になったエリー(J.フォスター)は、ある日宇宙の彼方ベガ星からの怪電波をキャッチした。物語の前半の謎解きは、地味だけれどドキドキする。怪電波の信号を拡大した時の音声が工事現場で聞く杭打ち機に似て、その力強い響きに意味も無く感動。(心臓の鼓動と波長があっている)

怪電波には地球の映像、それもヒトラーのオリンピックでのスピーチの映像が含まれていた。なぜか? 
あの時はピンと来なかったが、今はよくわかる。地球からのテレビ中継をキャッチし、そのまま添付した返信メールだね。今地球はものすごいボリュームの電波を宇宙に向けて発信しているはずだから、きっと宇宙から狙われるぞ!間違いない!(ガメラ2レギオン襲来)

エリーが研究のために資金繰りに駆け回るが、ある財団のボスが食指を動かす。このボスがなかなかの食わせ物で、ジェット機を乗り回し、宇宙遊泳したり、なかなかいい味出している。他が真面目なキャラだけに、このボスは美味しいところを独り占めだね。地道な解読作業が行き詰まった時にこのボスが見事に謎を解くあたり、おおぉ~!と歓声。「謎が解けた!」とは、まさにこういう瞬間を言うのだろう。

メッセージは、どうやら未知のエンジンを積んだ機械、おそらくは送り主のいるベガ星への移動装置の設計図であると判明。合衆国は諮問委員会を作り、機械の製造と乗務員の選定が行われた。
遊園地で見かけるような移動装置だけど、それはそれで納得、乗ってみたくなる。
エリーは乗務員候補の筆頭だったが、選考委員からは信仰心が薄いという理由で落とされ、エリーの上司が選定された。しかし出発の日、反対派のテロリストによって装置は破壊されてしまう・・・

科学と宗教。信仰のことでエリーが選考から落とされたり、宇宙基地の周辺で宗教各派が抗議集会を開いたり、科学と宗教が真っ向から対立する。SF映画で宗教を取り上げているのは珍しいと思った。しかし科学というものが、そもそも「神の摂理」を知る営みであったことを思い起こせば不思議ではないのだろう。本来ならば二つは対立するものではなく、両立するものだと。

再び財団のボスが出てきて、大どんでん返し。またまたおいしいねぇ。
エリーはついに宇宙空間に飛び立つ。でも宇宙の神秘はうまく映像化できていないなぁ。
あの「2001年宇宙の旅」のように、何だかよくわからなくても、見る方で納得すればそれでいいのでは?
結局彼女の神秘的な宇宙体験も科学的な説明がつかず、いかさま師のレッテルを貼られてほされてしまう。

一番非宗教的な立場にいた彼女が、ラストで子供たちに宇宙の神秘を語り、一人静かに空を見上げる表情に「神の摂理」に触れた科学者の喜びのようなものを感じることが出来た。
関口さんの「知ってるつもり」風にこのラストシーンに字幕をいれるとしたらこうなる。
「私は真理の大海原を前にして、きれいな貝殻を拾って喜ぶ少年にすぎない(アイザック・ニュートン)」
天文学者(カール・セーガンも、エリーも)は、最後にこれを語りたかったのだ。

監督:ロバート・ゼメキス
原作:カール・セーガン
出演:ジョディ・フォスター、マシュー・マコノヒー、ジョン・ハート
(1997・アメリカ)

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タイム・マシン

――血は争えない、タイムマシンを作った情熱。

事件で恋人を失った科学者アレクサンダー(エッ?こういう名前だったんだ)は、死んだ恋人を取り戻したい、ただその執念だけでついにタイムマシンを作り上げる。あの運命の日に立ち帰り、彼女を救ったはずが、結局運命を変えることができずに死んでしまう。
そして過去を変える方法を探すために未来に出かけるという動機付けも、今までの典型的な科学者像と違っていて生々しいし、ロマンチックで新鮮さを感じる。監督自身の感性だろう。この作品の一番のオリジナリティー。

ネタばれです---
過去を変えることができない理由を探すために、80万年後の未来へたどり着いたアレクだが、そこには文明のかけらも残されていなかった。大自然の中で平和を愛するが無気力な人種と、彼らを捕食する怪物がいた。

怪物たちに立ち向かっていく中で彼は、過去は駄目でも未来は変えられるのだと悟り、自らタイムマシンを犠牲にして怪物たちを退治する。それは過去と断ち切り、新しい未来に生きるのだという意思の表れである。これはこれでご立派。これが彼が出した解答だろう。

でも「未来は変えられる」と言っても、変えようとしているのは現代から見たら未来だけど、西暦80万年の「現在」だ。現代人が過去に行ってもその時の「現在」を変えられないのならば、未来に行ってもその時の「現在」を変えることはできないはずでは? 
実際は、彼は過去に行って彼女を一度は助けている。結果はどうであれ、過去を変えているとも言える。
タイムトラベルは、いろいろ突っ込めて楽しいけれど、そこまで考えても仕方ないのかな?

この作品は1958年に映画化されており、これも要チェック。主人公のキャラが原作と映画2作とで比べると全然違っていて面白い。
今回はSFの古典中の古典を原作者の曾孫が監督するという触れ込み。CGを駆使して迫力ある画像が楽しめる。特に大地がどんどん浸食していく場面や月夜のシーンは、よかった。これは大画面で見た方が楽しめる。

原作で特に面白いのは、人類の末裔である2つの人種は、支配階級と被支配階級がそれぞれ進化した結果なのだという視点。支配階級は、何の不自由のない生活を手に入れた代償として、無気力な生物になってしまうのだ。これは痛烈な文明批判であり、原作者H・G・ウェルズはこれを言いたいがために、わざわざタイムマシンを小説上に発明したのだろうか。となれば、恋人を取り戻すためにタイムマシンを作り上げてしまう曾孫監督と、とてもよく似た感性だと言える。血は争えない。

[蛇足]
あの怪物は、人類のもう一つの可能性だったのか。エヴァンゲリオンみたいだな。

1958年も2002年も、タイムマシンの車体デザインは どちらもなかなか渋い。
原作の19世紀末という舞台設定に合わせ、クラシックで良い。
時間を表すメーターの歯車がぐるぐる回るのは楽しい。
西暦80万年で止まった時にアップで見たが、確か歯車は6桁あった・・・

西暦2000年に、コンピュータで2000年問題(Y2K)というのがあった。西暦を2桁で表していたために、99年の次に00年に戻ってしまう現象。だから4桁にした。
西暦10000年になったら、9999年の次に0000年に戻り、またパニックになるはず。
結局、時間は無限に続くので、桁は何桁あっても足りないのだ。

映画のように6桁だと西暦99万9999年で終わり、次は000000年に戻ってしまう。
それと紀元前には行けないね、マイナス表示ができそうもないから。
もっとも彼は彼女を救うために過去に行きたかったのだから、メーターを初めから4桁以上に作ったり、マイナス表示をしたりする必要性は無いはずだけど。

監督:サイモン・ウェルズ
原作:H・G・ウェルズ
主演:ガイ・ピアーズ    「L.A.コンフィデンシャル」 「メメント」
(2002・アメリカ)

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メン・イン・ブラック

――嫌なことは忘れよう。

[見所]
地球はすでに いろいろな星からやって来たエイリアンたちであふれていた。秘密組織があるということも、銀河系が今危機にさらされている事も、知らないほうが、幸せ?
そういう設定が面白い。

「逃亡者」のジェラード捜査官と、「インデペンデンス・デイ」の勇敢な大尉の二人がコンビを組むと、なぜこんなに粋で軽妙な会話が成り立つのか、超驚き。(英語はわからないけれど)

エイリアンの造形も、おかしさをそそる。
そして、小道具のうまさ。あの黒装束に、黒のサングラス、高性能レーザー銃、そして証拠隠滅に使う、記憶抹殺ビーム。タブロイド紙の三面記事ネタの設定もおもしろく、最後の場面でも効果的に使われる。
 
[感想]
テンポの良さ、たたみ掛ける展開が魅力。
さんざん笑わせておいて、最後に人情話で落とす。これですよ。うまいっ!
普通のおじさんに戻るには、何も知らないほうが、幸せなんだろな。

こういう映画を見ていると、いやなことも忘れてしまう。
そして何年かして前に見たことを忘れてまた見てしまう、二重の意味でまさに記憶抹殺映画。

[蛇足]
「MIB」は、あの「IBM」のもじり? それは考えすぎ。
タコみたいなエイリアンのお産のシーンでは、9.11で今は無き世界貿易センタービルの勇姿が見られる。

「メン・イン・ブラック2」は、見て、笑って、忘れた。また今度・・・

監督:バリー・ソネンフェルド
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ウィル・スミス (1997・アメリカ)

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