f)オカルト・ホラー

レインボーマン

──人類愛のために戦い続ける男。まさに究極のボランティア精神、愛の戦士ヤマトタケシの苦悩と限界。

レインボーマンが放映された1972年~73年の頃は、今思うと日本には劇的な変化があった。1972年の日中国交正常化を受け、親善大使としてパンダが来日したこと、1973年の『燃えよドラゴン』公開に始まるカンフー・ブーム、これらは戦後生まれの私が、初めて中国という隣国を意識する最初のきっかけとなった大きな出来事である。

そして73年第四次中東戦争を起因とする石油ショック。『日本沈没』『ノストラダムスの大予言』が大ブームになったのも73年。1974年公開の『エクソシスト』が巻き起こしたオカルト・ブーム。畳み掛けるように発生した一連の流れは、戦後の右肩上がりの高度成長が一段落し、またアメリカの外交政策が転換期を迎え、日本のアジア外交も・・・で、何だっけ?

そうそう、レインボーマンの登場はこうした流れの中にあり、アジアのもう一つの大国インドの存在を気づかせ、ヨガの超能力ブームを牽引した。「インドの山奥で修行して」で始まる主題歌は非常にインパクトがあり、子供心にヨガを習ってみたいと思ったものである。実際にヨガの入門書を小遣いで買ってはみたが「独学は危険なので、きちんとした指導者に」という言いつけに従い、未だに修行は始めていない。しかし志を捨てきれずに独学で「電影道士」になった次第である。

「死ね死ね死ね死ね死ね」を繰り返すエンディングの「死ね死ね団のテーマ」という歌も強烈だ(カラオケ屋さんにもあった!)。日本人抹殺を合言葉に結成された秘密結社。平田昭彦演じるロマンスグレー?の首領ミスターKはツボにはまっていた。塩沢とき演じる魔女イグアナもお見事。彼らがいったい旧大日本帝国軍の被害者たちなのか、それとも当時のアジアとの貿易摩擦に憤慨しているのかは不明だが、同じアジア人(?)からの糾弾であったのは意味深である。

しかし理由はともあれ、彼らの手口の狡猾さと卑劣さは許しがたい。人間を凶暴にする毒薬の配布や、偽宗教団体を隠れ蓑にして偽札をばら撒き、日本経済を大混乱に陥れたりする。挙句の果ては戦闘機を飛ばしたり、地底戦車で人工地震を発生したり、究極は同時爆破テロまでも。石油輸入を阻止したり、要人を誘拐して日本の国際的信用を貶めたり、子供向け番組にしてはリアルすぎるねぇ。

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シザーハンズ

――悲しみはやがて風化し、メルヘンになるのだが・・・

両手はハサミ、ぼさぼさの毛、白い顔、オドオドした目、よたよた歩く姿・・・
一度見たら忘れられないその姿、そしてメルヘンチックな音楽。
サーカスのピエロを連想するが、彼はれっきとしたアンドロイド。エドワードという名前もある。「悲しいピエロ」という言葉もあるが、エドワードも「悲しきアンドロイド」。

手の部分が未完成のまま彼は生まれた。(人間も未完成のまま生まれてくるんだが)
父なる発明家を失くし、古城で一人、孤独な生活。
化粧品のセールスをしているペグが同情して家に連れて帰るが、慣れない町の生活に失敗ばかり。その不器用さはコントとして見れば可笑しいはずなのに、なんだか悲しく見えてくる。

しかしペグの家族は皆エドワードに理解を示し、彼も家族のありがたさを身にしみて感じた。
やがて両手のハサミは不器用に見えるが、実は器用に使えることがわかり、植木職人から、犬の美容師、そしてカリスマ美容師へと変貌していく。

キムにはボーイフレンドがいたが、エドワードを蔑視し、悪事に加担させたりする。エドワードは悪いと知りつつも、キムのためだと思って手伝ってしまう。そしてやがて怒りとなり爆発する。彼が見せた初めての激しい感情表現。その裏側に、キムへの淡い思いの丈がちらりと見えた。

美しいクリスマス・イヴの夜の描写。
エドワードは幸せのはずだったのに、愛する人を間違って傷つけてしまう。
結局ペグたち家族以外からは理解されず、誤解が誤解を呼んで、彼は町を出て行く・・・

『野生のエルザ』という映画を思い出した。
動物保護官の夫婦はライオンの子供を育てるが、やがて野性に戻すことに・・・
でもエドワードには人間の感情を持ち合わせるだけに、もっと深い悲しみがある。エドワードのキムへの淡い思いって何だろう。キムが気づいた彼への思いって何だろう。失った時に感じる絶望感。エドワードが父を亡くした時にも、その悲しみが表情ににじみ出ていた。

時は過ぎ、キムは年を重ね、普通の結婚をし、普通の生活を送っていた。
どんなに悲しいことも、やがては風化し、美しい思い出、メルヘンとなっていくものだ。
なのにエドワードは年をとらない。もしかしたら死なないかもしれない。
もっと悲しいことにアンドロイドやロボットの思い出は、風化しないのだ。
そんなことを最近話題の浦沢直樹の漫画『プルートウ』から学んだ。
彼は、悲しみをそっくりそのまま、ずっと背負ったままで、一人で生きていくのか?
アンドロイドは初恋の夢を見るのだろうか?

監督: ティム・バートン  
    『バットマン』 『PLANET OF THE APES 猿の惑星』
出演: ジョニー・デップ、 ウィノナ・ライダー
音楽: ダニー・エルフマン
     『バットマン』 『スパイダーマン』 『メン・イン・ブラック』
(1990、アメリカ)

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アザーズ

――MOTHER(母)、Mを取ったらOTHER(他人、もう一方の人)。
母ともう一方の人たちの物語。

タイトルが英語原文の場合、英語の辞書はたいへん役に立つ。
the other side  反対側、死後の世界

これは光アレルギーの子供を持つ美しくて少し神経質な母と、
もう一方(あちらの世界の)人たちとの物語。
血は出ない。大きなお屋敷、のどかな風景、えぐい絵はない。
でも怖さは、じわじわと来る。

ドアは開けっ放しにしない、カーテンは開けない、光アレルギーの子供のために、美しい母は神経質になる。それはそうだ。
でも度を越してその行動がエスカレートすると、見ていてちょっと怖く感じる。

子供があちらの世界の子供と接触したから、もっともっと神経質になる。
ニコール・キッドマンの美しい顔が、その度に恐怖でゆがむ。
見ている方には、あちらの存在も怖いが、彼女の表情も結構怖い。
お手伝いさんたちも十分不気味だけど。
人を信用できないことほど、怖いものは無い。

どんでん返しはもちろん、あっ!だが、
それよりも母親の情念、ひたむきさ、母という存在そのものが怖い。

[蛇足]
うちの家の天井裏で、夜中時々ねずみが運動会をする。
急にドカドカ駆けていく。結構ドキッとする。
私にとって、ねずみこそがアザーズなのだ。
もっとも彼らだって人間を怖がっていると思うが。

出演:ニコール・キッドマン 
(2002年アメリカ/スペイン/フランス)

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ザ・フライ

―― 吐き気のする気持ち悪さの中に隠された、一途な愛の悲劇。

天才科学者セス・ブランドルは、女性雑誌記者ベロニカの密着取材の下、物質転送装置の実験の最終段階を迎える。ベロニカの言葉をヒントをついに世紀の大発明は完成した。はずだった・・・
セスを愛し始めたベロニカは元彼の編集長のところへけじめをつけに出かけるが、セスは誤解して自棄(やけ)を起こし、自ら実験台として転送装置に乗り込んでしまう。が、そこには一匹のハエが混在していた。やがてセスの身体は日増しに変貌していき、恐ろしい姿に・・・
 
50年代の『蝿男の恐怖』のリメイク、こちらも違う意味で凄い。これは別の機会に書きたい。

『ザ・フライ』はSFXの技術もすごいが、おどろおどろしいデザインの転送装置(愛称テレポット)や、遺伝子操作やコンピュータ・プログラムなどの最新科学を道具立てに使い、荘厳な音楽で見る人を圧倒させる。気持ち悪いのに、何度も見てしまうのは何でだろう。
 
まず、よけいなつっこみを2つ。
(1)人間の身体の中って、いろんな生物がいるはず、大腸菌やビフィズス菌やいろんな寄生虫など。遺伝子は決して人間とハエだけではない。こいつらとも融合していたとしたら・・・

(2)フロッピーからハードディスクにファイルを「コピー」したことありますか? ではファイルを「移動」したことありますか? 「移動」というのは、ファイルをコピーした後、元のファイルを消すのです。
つまり物質転送の原理は、分子レベルの解析をして転送先に情報を送った後、元の物質を壊しているのです。
(もし元を壊さなかったら、この映画は「ザ・クローン」になってしまう) 
ですので、この実験も、万一の事故を考えて元の物質の情報を消さないでバックアップしておけば、元に戻れたはずなのに。大事なデータを消してしまった時のあの喪失感、絶望感を思い出します。

SFホラーであるが、上に挙げたきらびやかな道具立てを取り除くと、愛を信じることのできなかった男の悲しい物語が浮かび上がってくる。

人付き合いの苦手なセスと、そこに母性愛を感じたベロニカは相思相愛の仲になる。しかし小さな誤解がセスに異常な嫉妬心、憎悪感を起こさせる。一度壊れた関係は決して元には戻らず、セスは愛の代償を求めて女を探し続ける。やがて病に伏したセスはベロニカを呼び戻す。しかしすでにセスの身体は蝕まれており、絶望のあまり心中を企てるが失敗、セスは一人死んでいく。

愛するからこそ嫉妬もするし、憎悪も起きる。 失った愛をどうしても取り戻せない苦悩。 愛は相手を平気で傷つける。 相手を犠牲にしてもいいのか? 愛って、そんな美しいものではない。 どろどろとした愛。 これが隠しテーマ?

愛と言えば、ベロニカのセスへの思いも悲しいほど純粋で、最後まで彼を見捨てなかった。
こちら側だけを見ても悲しいラブ・ストーリーに仕上がっている。

[蛇足]
実生活でこの二人は結婚したが、今は離婚していて、彼女には新しい旦那との間に子供がいるとのこと。人生いろいろ。

[追記]
友人曰く。この映画は、失恋して修復できない関係の中で、嫉妬と憎悪に狂い、ますます深みにはまって行く人間の醜さと、それを凝視しているもう一人の冷ややかな自分を描いている、らしい。

そう言えばカフカの『変身』も突然巨大な芋虫になった自分と世の中との関係にギクシャクしながらも、意外と冷静に見ている。小説だから何とか読めるのだが、これを映像化するのは可?不可?

監督:デヴィッド・クローネンバーグ 
         『スキャナーズ』 『デッドゾーン』
出演:ジェフ・ゴールドブラム    
         『ジュラシック・パーク』 『インデペンデンス・デイ』
    ジーナ・デイヴィス

(1986・アメリカ)

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陰陽師

――なんてったって、萬斎がはまり役。でももったいないな~

萬斎の背筋をピンとはり、呪をとなえる様は妖しい美しさがある。
衣装も豪華、CGを使って再現した京の都に行き交う人々と牛車、まさに平安絵巻。こういう絢爛豪華なシーンは、小説や漫画だけでは頭に思い浮かべることはできない。 もうちょっといろいろ見せてもらいたかったけれど、まぁ無理か。
敵役の真田広之の迫力に圧倒、CMでも使われた「おのれ~晴明!!」と憎悪を燃やすシーンは、武者震いがするねぇ。
 
原作は陰陽師晴明の事件簿といった感じで短い挿話を連ね、晴明と博雅の絶妙な掛け合いと、人々の悲しい性(さが)をほろりと描く、独特の渋味がある。小説も漫画もおすすめ。

映画ではもっとわかりやすく見せるために、陰陽師VS陰陽師という展開にしたのだ。
これはこれで悪くないし、絵としては面白かった。

でもこれではあまりにも、「帝都物語」と似ていないかな。
同じような術を使っていたし、都の平和を守るという大義名分も・・

「帝都物語」は帝都建設の推進派と旧派の戦いという歴史の転換期におけるダイナミズムが描かれている(はずだった)が、こちらは、朝廷での権力を狙う野望と正義の対立。話が小さい、小さい。

クライマックスも、晴明の術が早すぎる。もっと引っ張らないと。
途中から真田広之の道尊が呪術を捨てて、刀で晴明を殺そうとしているが、これは反則だろう。 真田さんの剣術はかっこいいけれどね。

博雅がやられて、晴明がさめざめと涙を流すのも、あまりいただけない。陰陽師は生死が入り乱れる無常の世界にいるので、涙を流してはいけないのだ。

ここまでいい役者を使って、もったいないな~
ちょっと惜しいけど、好きな映画。

原作:夢枕獏/監督:滝田洋二郎
出演:野村萬斎、真田広之、伊藤英明、小泉今日子
(2001・日本)

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