5)アニメ・漫画

20世紀少年 第2章 最後の希望

――豪華キャスト、バーチャルワールドの深まる謎、テンポよく進むストーリー。のはずが裏目に出て、登場人物が多すぎ、バーチャルの意味不明、詰め込み過ぎで感情移入できないまま終わるモヤモヤ感。オッチョは少し出過ぎ、ここはカンナが主役だよ。(ネタバレ警告)

漫画の「20世紀少年」は読んでいなかったが、映画の第1章を先に見て、これはやはり原作も見ない訳にいかないと思った。
そこに描かれている1970年代の雰囲気やディテールは、浦沢氏と同世代だから面白いほどよくわかる。原っぱの秘密基地、アポロ11号の月面着陸、そして進歩と調和の大阪万博。懐かしいキーワードのオンパレード。ドンキーに追いかけられるシーンで出てくる町中の板塀や、ちらっと見えた?アース製薬のホーロー看板。世界の地名づくしのスナックやハレンチな映画ポスター、当たりの出ない駄菓子屋、学校の理科室などなど。その後の超能力ブームも懐かしいが、世紀末にあちこちで起きたカルト事件はまだ記憶に新しい。リアルというか、嫌な生々しさを感じてしまう。これが漫画をずっと敬遠していた理由である。(注1)

第1章でロッカー人生に挫折して平凡な毎日を繰り返すケンヂが事件に巻き込まれ、追い詰められて、ついに戦いを決意するくだり。押入れのギターを引っ張り出し、がむしゃらにかき鳴らす。今一つ迫力に欠けたかな。でもケンヂの呼びかけに応じて、下水溝の第2の秘密基地に一人また一人と集まるところはいい。最後にユキジが「七人よ!」黒澤だね。続きを期待できた。(注2)

第2章はケンヂ無きあと、原っぱの仲間たちそれぞれが、ケンヂの意志を継いでレジスタンス活動を展開する。しかし圧倒的な支配力を持つ「ともだち」のために歴史は捏造され、勇士はみんなテロリストの汚名を着せられて、あまりにも無力だった。オッチョしかり、ヨシツネも。マルオの決死のシーンも見せて欲しかった。

高校生になったカンナも、歴史の授業中にケンヂおじちゃんの汚名を晴らそうと抵抗するがどうする事もできず、ただただ涙を流す。そういう彼女がおじちゃんの言葉を思い出し、勇気を出して戦いを決意する場面があったかどうか、印象にない。彼女はスプーン曲げや(映画では無かった)カジノで見せた特殊能力だけではなく、もっと神がかりな、人を圧倒し、何かを期待させるカリスマ的な力を持っていた(注3)。カンナが本気になると大きな瞳がさらにカッと見開く。マフィアの親分二人を和解させてラーメンを食べさせるだけではなく、あのカジノの緊迫した場面でカッと見開く瞳をぜひ映像化して欲しかった。ここまで書けば漫画をみたくなるであろう(^^♪

だから教会の場面も原作通りに、ローマ法王殺害を絶対に阻止して見せる!というカンナの強い意志を打ち出すべきだったのだ。彼女が救世主としてきっと事態を打破してくれる!そう信じられるように。そうすれば「しんよげんの書」の言葉に俄然説得力が出てくる。そしてホクロの警官登場で絶体絶命のピンチ。緊張の極致。そこにオッチョ乱入!「カンナは俺達の最後の希望だ!」
ここを前半の山場にすべきだった! この画像がネットに山ほどあふれているのを見るとつくづく惜しいと思う。オッチョは少し出過ぎ。脱走して万博会場を見て唖然とするあたりで止めておき、あとでいきなり乱入シーンの方が盛り上がる。

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時をかける少女(アニメ版)

――時をころがるお転婆少女・真琴の七転び八起きのやり直し人生。私は原作やNHK版や大林監督版よりも結構楽しめたけど。

筒井康隆原作は短編ながらも未だに色あせないSFファンタジーの金字塔だろう。
『スーパージェッター』のような未来人でもなく、『タイムトンネル』のような超最新鋭の研究所でもなく、ごくごく普通の女の子芳山和子が、ごくごく普通の放課後の理科室で、という所が子供心をくすぐった。ケン・ソゴルという名前もしっかり頭に刻み込まれた。ラベンダーという花は当時見たこともなかったが、いつかきっと嗅いでみてタイムトラベラーになりたいと願ったものだ。(今ではトイレに満ち溢れているその香り)

しかし、淡い恋心をモチーフにしたノスタルジー…云々という何かで読んだ解釈は、あまり当たっていないと思った。NHK少年少女ドラマシリーズ('72)では当時の幼い自分にわかるはずもないし、現存する最終話を見ても、どこが淡いのかあまりピンと来なかった。大林版('83)は原田知世の笑顔全開だが、淡い恋心よりはどうしても尾道のような原風景への淡い郷愁が先に立ってしまう。ミュージカル風エンディングは好きなのだが。

第一に思い出として残るからこそ「淡い」と感じるのであって、『MIB』のようにピカっと記憶を消されてしまったら、「淡く」さえもない。何も思い出せない芳山和子をあわれと思うか、それとも好きな彼女を忘れられずに未来に帰ったケン・ソゴルをあわれと思うかは自由だ!(♪あわれ is freedom~)でも、この見方はちょっと『シザーハンズ』の感想に似てるで! 私は角川春樹監督版('97)の、一味違うウェットなエンディングが好きだ。

もう一つ残念なのは、今までの作品では思った通りの時間に行けるほど能力はそんなに高くなく、あまり見せ場らしい見せ場が無かったこと。それにNHK版では和子が先生を助けようとしたが結局できなかった。過去は変えられないという例のお約束で。大林版の場合も原田知世は自分の能力に気付いたらすぐケン・ソゴルが現れてしまう。もっと自由にあちこち行かせてあげればよかったのに。

さてここまで書けば、アニメ版が結構楽しめた理由が何となくお分かりであろう。淡い三角関係、放課後の理科室という設定はそのままで、あとは大胆にアレンジをしている。
せっかく身についた超能力だから、好き放題に使いたい。過去は変えられない、なんて難しい時間の理論は関係ない。真琴は何度でも過去に戻って、自分の好きなように人生を選択している。宿題を忘れたら過去に戻ればいいじゃん、なんて実に安直。調子に乗って功介と後輩の女の子の仲を取り持つために、何度も過去を上書き保存する。でも高校生が思いつくことって、しょせんあんなもんでしょう。100万円もらっても、何に使えばいいかなんて急に思いつかない。

なのに千昭に告白(あれでも一応告白なのかな?)された時は、それをこばんでさっさと過去を消してしまう。しかし一度消えた過去は元に戻らない。彼の気持ちを踏みにじった罪悪感。そして好きだと言われて初めて気付く自分の中の揺れる想い。いいねえ、これこそが「淡い恋心」。このビミョウな乙女心がうまく表現できていたと思う。最後も記憶を消されず、「淡い」思い出を抱いたままがんばろうと誓う彼女の姿に「負けないで!」とつい応援したくなる。これまでの作品にない展開に、なあるほど、そう来たか!と感心させられた。

※「7デイズ」というアメリカのSFドラマでは、主人公の特殊工作員が過去に戻って社会を脅かす大事件を未然に防ぐ。これなんかはもっと大規模で、国家機関が関与して過去を変えるのだが、やはり個々人の人生は上書きされてしまうのだ。これって人権侵害だろう?
※タイムリープできる回数だが、あれはおかしくないか? 戻って増えるくらいなら、最初からそうなっているはず。エンディングが流れていても、気になって仕方なかった。
※中高校生くらいだど、変えたい過去なんてそんなにないだろう。おじさんになると変えたい過去だらけだ。でももう一度中学生に戻って受験勉強なんかやり直したくないしナ。
◆この電影道士のブログには、時間と記憶関係の映画の記事が結構多いのに気づかれたであろうか? 『戦国自衛隊』『タイムマシン』『12モンキーズ』『猿の惑星』『メメント』『MIB』等。
原点はこの『時をかける少女』だろう。

監督: 細田守
原作: 筒井康隆 『時をかける少女』
脚本: 奥寺佐渡子
声の出演: 仲里依紗、石田卓也、板倉光隆、原沙知絵
(2006年.角川映画)

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デスノート(前編)

――「人間って面白!」とさえ死神に言わせる「正義」VS「正義」の壮絶な戦い! でも「正義」って何か?  なんで名前と顔なのか?

退屈(で死にそうな?)な死神が人間界に落としたデスノート。
偶然拾った成績優秀な高校生夜神月(やがみライト)。彼は犯罪者のいない理想的な社会を作るために、彼らを次々と殺していく。やがて世界は騒ぎ出し、謎の殺人者は影の救世主キラとして一部の人間から信仰される。一方世界の警察組織の影の存在、名探偵L(エル)が宣戦布告を。天才VS天才、影VS影の神がかりな頭脳戦が始まった。

新聞の映画欄を見るまで、こんなすごいコミックがあったなんて知らなんだ! 試しに1巻手にした途端、あっと言う間の11巻。最終12巻が待ち遠しい。映画化は無理かなと思ったが、あの平成ガメラシリーズの金子修二監督ならばと思い、久々に映画館へ。
冷静沈着な藤原竜也のライトもよかったが、不思議な松山ケンイチのL、颯爽とした鹿賀丈史の夜神本部長、品性あふれるおひょいさん藤村俊二のワタリ、そしてキモかわいい?リューク。みんな原作からすっーと抜け出したようで、ビミョーにいい感じ。うまいキャスティング。

映画のオリジナルで面白かったのが、法学生であるライトが人間が作った法では犯罪を止められないと悟り、「六法全書」を投げ捨ててデスノートを拾う、ベタでわかりやすいシーン。授業で使う「六法全書」はハンディ版だろうけれど、正式版は分厚くて投げ捨てられないだろうね。人間社会の秩序の集大成である「六法全書」は結構重いのだ。

後半活躍するのがFBI捜査官レイ(仮面ライダーに変身できず無念の細川茂樹)の恋人ナオミ(瀬戸朝香)である。元Lの部下でもあった彼女が、推論を重ねたあげく命懸けでキラに近づいていく。ここがこの『前編』のクライマックス。未見の方のために書かないが、2つだけ。絶体絶命のキラが、ペンを取り出そうとするが、あれはおかしい! というのは、もしキラが******ならば、******なはずがないから。また****まで殺すのはキラの「正義」の信念と矛盾している気もする。

でもまだまだ『前編』は小手調べ。キラとLとの本当の戦いは10月公開の『後編』から。お楽しみはこれからだ。

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アタックNO1

――永遠のアスリート鮎原こずえ、ついに実写版で登場。ちょっと複雑な心境。

鮎原こずえ様 お元気ですか?
私がこずえさんの事を知ったのは映画館で『アタックNO1』を見た小学生の時でした。何かのゴジラ映画と同時上映だったのかな。
東京からの謎の転校生、姉御肌、成績抜群、スポーツ万能、実は病気の体・・・
これだけでも少女マンガの王道を行き、充分そそられるのですが、やはりあなたのバレーボールへの並々ならぬ情熱には今でも頭が下がります。
「わたしって、バレーが無かったら、ただの空気みたいなの・・」
そんなあなたが、数々の試練を一つ一つ乗り越えていく様は、拍手喝采でした!
落ちこぼれチームを率いてのバレー部との初試合、早川さんとのキャプテンをめぐる確執、四天王との衝突とチーム分裂、県大会出場、そして全国大会での垣之内さんとの優勝争い。
しかし私が映画版で見たのはここまで。家では照れくさくてTVを見れなかった。途中の努さんの死という厳しい試練や、ジュニア世界選手権、八木沢三姉妹の三位一体の攻撃など、名シーンは知らずに来てしまった。

ようやく見始めたのは、後半のコンピュータ学園と異名を取る某高校との試合の頃。
あなたはその前の試合で八木沢三姉妹の末っ子桂さんに集中打を浴びせ、その結果彼女はバレーを二度とできない体になってしまった。バレーを捨てようとまで悩みに悩んだあなたに、彼女はくやし涙を流してこう言いました。
「コンピュータに負けてベンチに下ろされる鮎原さんなんて、うちのライバルじゃない!そんな根性の無い奴はうちがたたきのめしてやるわ!」
自分の体のことを一つも言わずに、ライバルをここまで称え、気遣える桂さんも実にすばらしいアスリートだと思う。あなたもその言葉に応え、見事に立ち直りましたね。

その後、破傷風で死にそうになったり、意中の人との皮肉な出会いを経て、全日本に入り、宿命のライバルであるソ連チームのシュレーニナとの一騎打ちと、栄光の階段を駆け上がって行く。そんなあなたの活躍を、私は心から応援したものです。再々再々放送くらいでやっと見逃した部分を全部見ましたけど、あの後、実業団チームに入ったという噂を聞いたきり、あなたのことをずっと忘れていました。

近頃なぜか「巨人の星」「あしたのジョー」のマンガ復刻版、「エースをねらえ!」の実写版等々、スポ根モノが流行り出した矢先、「アタックNO1」までが実写版で登場すると聞いてたいへん面食らいました。再漫画化もされているようですし。
あなたはちょっと年上の憧れの人だった。私はいつの間にかあなたの歳をとっくに追い越し、実写版のこずえさんは、自分の娘くらいの年頃。これでは違和感があっても仕方ないでしょう。応援する意味合いが当然変わってくるし。
それでもあなたは今でも高校生のまま、そこで永遠に輝いているのです。初恋にも似た感じかな、と思ったりもします。あぁ~、言うんじゃなかった・・

[蛇足]
童謡歌手で、鮎原こずえの声を担当した小鳩くるみ氏は、その後「マザーグース」に興味を抱き、イギリス留学を経たのち、現在鷲津名都江という本名で某大学の教授をしているそうです。去年NHKでマザーグースの講座をやっていました。

原作:浦野千賀子
(1969~1971(全104話).フジテレビ系)

関連作品:黒澤明 『一番美しく』

[追記]
私も実は香さんのことが気になっていて、こずえさんに宛てたはずの手紙が、今読み返すと、八木沢三姉妹のことばかり書いていますよね?
「私の木の葉落としや、消えるアタック、竜巻落としの事は、どうして書いてくれないのよ?!」と平手打ちをもらいそうな・・・
続きはまたいつか書こうと思っています。2006.1.22

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